伊勢崎市の上植木本町と本関町にまたがる上植木廃寺跡。

上植木廃寺 (1)
上植木廃寺は7世紀に建立され、11世紀ころまで現存した古代寺院。

明治22年(1889年)に付近を開墾した際に、寺院瓦や塔の心礎及び礎石(16個)が発見された。昭和57年(1982年)から発掘調査が行われ、寺域は南北238m、東西115mに及ぶことが判明。

中心伽藍は南北を溝、東西を柵列で画され、南門・中門に多重塔、金堂・講堂、講堂の北には食堂と考えられる掘立柱建物跡が確認されている。さらに「佐位」などの文字瓦を含め、多数の瓦(軒下瓦)が出土している。

上植木廃寺 (2)
現在は農地になっており、遺構らしきものは道からは見られない。

上植木廃寺 (3)
上植木廃寺 (4)
前回紹介した「建長石仏」の前に礎石7個が保存されている(他には、相川考古館、上樹神社にもあるらしい)。(「伊勢崎市・上植木の建長石仏」参照)

上植木廃寺は群馬県内で最も古い時代の寺院のひとつで、佐位郡に勢力を置いた有力豪族・檜前(ひのくま)部君の氏寺ではないかと考えられている。

上植木廃寺は明治の発見当時、上野国国分寺跡ではないかと話題になったらしい。確かに年代や規模では国分寺跡や山王廃寺跡に匹敵する古代寺院跡だ。上植木廃寺の南1kmのところには佐位郡の正倉跡が発見されており、この辺りに佐位郡の郡衙施設があったと考えても差し支えないだろう。