藤岡市譲原の子宝神社。

子宝神社 (1)
子宝神社 (2)
子宝神社は譲原地区が旧三波川村から分離し「村」になる時に、三波川村の総鎮守である姥神社から分祀したのが始まり。その際「姥」に対して「子宝」にしたといわれる。
(姥神社は「三波川村の総鎮守 -姥神社-」参照)

譲原村が三波川村から分離したのがいつかは分からなかった。地名の由来は慶長8年(1603年)に当地を関東郡代・伊奈忠次に「譲り渡した」ことからとされる。忠次は現玉村町周辺の新田開発を行ったことでも知られる。

子宝神社 (3)
写真のイメージよりも急な石段。実は一気に上れずに途中休憩したほど。

子宝神社 (4)
子宝神社 (5)
子宝神社 (6)
余り広くない境内に、こじんまりとした社殿が建っている。平成14年(2002年)に改修が行われている。

子宝神社 (7)
子宝神社 (8)
本殿も以前は彩色され、壁画も描かれていたことを想像させる。

子宝神社 (9)
子宝神社 (10)
舞台かな。中には数枚の奉納絵馬が掲げられていた。写真の絵馬には文政(1818~31年)の文字が見える。

子宝神社のご祭神は大穴牟遅神(おおあなむのかみ)である。分祀したという姥神社のご祭神は石凝姥命(いしこりどめのみこと)と異なっている。詳細は分からない。大国主が縁結びの神ともいわれるので、子宝の名からそうなった?

まあ細かいことは別にして、子宝神社って名前は素晴らしいね。