藤岡市三波川の堅固山金剛寺。

三波川金剛寺 (1)
三波川金剛寺は養老2年(718年)行基の開基と伝わる。天長3年(826年)弘法大師(空海)が教化の道場とした。そのため、平安時代末には醍醐三宝院の中本寺として、末寺39寺を有していたという。創建は御荷鉾山であったが、山崩れなどのため現在地へ移っている。

三波川金剛寺 (2)
山門前の六地蔵。

三波川金剛寺 (3)
三波川金剛寺 (4)
寛文5年(1665年)の火災により堂宇は焼失。宝暦3年(1753年)に再建されている。その後、本堂は昭和24年(1949年)に老朽化により解体。長きに渡り仮本堂だったが、昭和57年(1982年)に現在の本堂を新築建立。

三波川金剛寺 (5)
三波川金剛寺 (6)
境内の不動堂。近年の建立と思われる、本尊は大同2年(807年)弘法大師作と伝わる。

三波川金剛寺 (7)
本堂裏の「十三仏積庭石」というもの。十三仏がいるのかなとと思って一生懸命探したが、写真の1体しか見つけられなかった。

三波川金剛寺 (8)
三波川金剛寺 (9)
三波川金剛寺 (10)
本堂裏山にお堂があり、「厄除 弘法大師」とあった。中には石仏があり、風化していてのっぺりしているが弘法大師像なのかな。

三波川金剛寺 (11)
山門手前の庚申塔群。寛延2年(1749年)、宝暦2年(1752年)の銘が見られる。

三波川金剛寺 (12)
三波川金剛寺 (13)
訪問した時は裏山のヤマツツジが満開で、斜面を赤く染めていた。

ところで、金剛寺には源義経が寄進したとされる鞍と鐙(あぶみ)が寺宝として残されている。吾妻鏡にも義経が金剛寺を宿願所としたと書かれている。義経と三波川地区・金剛寺との関係性はよく分からない。