藤岡市保美濃山(ほみのやま)の抜鉾神社。

保美濃山抜鉾神社 (1)
保美濃山抜鉾神社 (2)
保美濃山抜鉾神社 (3)
保美濃山抜鉾神社の創建は不詳だが、貫前神社(抜鉾神社)から経津主命の分霊を勧請したものと思う。

保美濃山抜鉾神社 (4)
保美濃山抜鉾神社 (5)
下久保ダムのダム湖・神流湖の岬のような丘上に社殿は建っている。拝殿は正面の軒唐破風の兎の毛通しの裏に、神山和泉守が文政11年(1828年)に建立した旨の墨書銘がある。神山和泉守については分からない。

保美濃山抜鉾神社 (6)
保美濃山抜鉾神社 (7)
拝殿内には絵馬が多数奉納されている。いずれも明治期のもの。

保美濃山抜鉾神社 (8)
保美濃山抜鉾神社 (9)
本殿覆屋の彫刻は、鶴に乗る王子喬仙人と鯉の乗る琴高仙人だろうか。いずれも周(中国)の時代の人とされる。

保美濃山抜鉾神社 (10)
保美濃山抜鉾神社 (11)
境内に敷石住居跡らしき遺構があった。旧鬼石町の文化財を示す標識があった(石棒とある)が、合併後の藤岡市の文化財一覧には見当たらない。石棒自体も見当たらなかった。

ちなみに、御荷鉾山の鬼が投げたという石棒(投石峠のもの)を、村人が担いできて祀ったとの伝説が残っている。「鬼が投げた石」は旧鬼石町(現藤岡市鬼石地区)の名前の由来とされる。(「鬼が投げた石 -鬼石神社-」参照)

保美濃山抜鉾神社 (12)
保美濃山抜鉾神社 (13)
保美濃山抜鉾神社 (14)
南側参道に貞治(1362~67年))、康応(1389年のみ)銘の板碑が2基ある。貞治・康応のいずれも南北朝期の北朝側の元号。その他、無銘の板碑も4基ある。

保美濃山抜鉾神社 (15)
保美濃山抜鉾神社 (16)
昭和43年(1968年)建立の「水没の碑」。揮毫は時の首相・佐藤栄作。昭和43年に完成した下久保ダム・神流湖により、保美濃山地区の大半は水没している。境内から水を湛えた神流湖が見通せる。

上記の板碑も水没地域から抜鉾神社参道へ移転されたものである。