甘楽郡下仁田町上小坂の中之嶽大国神社。
前回の中之嶽神社の境内社。(中之嶽神社は「日本一の大黒様 -中之嶽神社-」参照)

中之嶽大国神社 (1)
中之嶽大国神社 (2)
中之嶽大国神社は弘仁9年(818年)藤原冬嗣と弘法大師(空海)が登嶽し、大国主命を祀ったの始まりといわれる。

藤原北家で当時大納言(後に左大臣、死後に太政大臣が贈られた)の冬嗣と、弘仁7年(816年)朝廷から高野山を賜り、当時は金剛峯寺の開創に着手していた空海が、そろって上野国くんだりまで来るとは思えないけどね。

中之嶽大国神社 (3)
中之嶽大国神社 (4)
中之嶽大国神社 (5)
社殿は明治以降の建立(詳細不明)。

中之嶽大国神社 (6)
中之嶽大国神社 (7)
狛犬などの代わりに大黒天が2体。上の写真はは小槌をもつ大黒様、下は剣をもつ大黒様。

中之嶽大国神社 (8)
中之嶽大国神社 (9)
大黒様のご利益で「縁結び」「縁切り」を願う「願い玉」が多数奉納されている。縁切り願いもけっこうあるんだね。

中之嶽大国神社 (10)
中之嶽神社の象徴になっている「日本一の大黒様」。高さ20m、重さ8.5トン。平成17年(2005年)の建造。中之嶽大国神社氏子・崇敬者、甲子講中の方々の奉納。

中之嶽大国神社 (11)
中之嶽大国神社 (12)
中之嶽神社・大国神社には甲子講中からの寄進物が目につく。江戸時代中頃から、大黒天の縁日が甲子(きのえね)の日であることから、甲子講が盛んになった。

中之嶽大国神社では年6回「甲子(きのえね)祭」を行っている。甲子は「気が栄える」と言い、大黒様のご利益を最大限に受け運気が高まる日とされる。

最近では、この「甲子」が「甲子園」と結びつき、野球の神様としても人気になっている。甲子園球場も甲子の年に完成したので甲子園と名付けられた。「野球お守」「野球絵馬」「願いバット」などの授与品の他、必勝祈願お祓いなどを受けに来るチームも多い。

実は宮司さんのご子息は、前橋育英が甲子園で優勝したときのレギュラーメンバー。そんなこともあり、ご利益が大きいのがよく分かる(笑)。