藤岡市中大塚の大慈悲山千手寺。

千手寺 (1)
千手寺 (2)
千手寺は小林五郎左衛門尉重義の守本尊である千手観音像(約5cm余り)を、重義の死後に木像の胎内に納め、小堂を作り安置したのが始まり。その後、貞享5年(1688年)法印快照を住職として招き、寺院として整備が進んだ。

千手観音像は聖徳太子の作といわれるが、大正12年(1923年)の調査で、実は不動明王像と判明(年代不詳)。小さい像なので、見間違ったのだろうけど・・・。守本尊を納めた木像は、千手観音なのかな?

山門は相当老朽化しており、倒壊を心配するほどの状況。扁額も、こういうデザインと言うより、ムシに喰われたと思われる。

千手寺 (3)
千手寺 (4)
千手寺 (5)
山門をくぐるとすぐに観音堂。千手寺は南毛霊場多野藤岡三十三観音の第7番札所。堂内を覗くと厨子が見えた。ただ中はホコリまみれで、観音霊場の面影はない。観音様もどんな状況になっていることかと心配してしまう。

千手寺 (6)
本堂も老朽化が進んでいる。無住とは言え、山門・観音堂含めもう少し手当をした方がいいのでは。

千手寺 (7)
元文2年(1737年)建立の宝篋印塔。

千手寺 (8)
境内の小林家の歴史を記した碑。

小林重義は秩父平氏の出で、小林氏は高山氏の分家にあたる。天文10年(1541年)関東管領・上杉憲政の信濃出兵時に討死。子孫は当地に土着している。小林家は代々名主などを務め、近年では村長や県会議員を輩出している。

千手寺 (9)
千手寺 (10)
千手寺 (11)
千手寺を囲むように土塁・空堀がきれいに残っており、昔はすごいお寺だったのかなぁと思ったら、ここは小林家の居館・中大塚城の遺構だった。それにしても、ここまできれいに遺構が残っている城郭(居館)跡には、めったにお目にかかれない。千手寺の北西が主郭(本丸)で、そこには現在も小林家の住居がある。