高崎市新町の笛木山専福寺。

専福寺 (1)
専福寺は万治3年(1660年)仙雅房賢宗の開山。

専福寺 (2)
本堂は寛文6年(1666年)に火災により焼失、安永3年(1715年)に再建されている。その後、大正15年(1926年)に大改修が行われている。火災により本尊(不動明王)も焼けてしまい、現在の本尊は元禄7年(1694年)のもの。なお、火災時に東方へ飛んで行く不動明王を小林伊左衛門というものが見たと伝わっている。

ついでの話だが、小林伊左衛門は新町宿本陣・小林甚左衛門の弟で、倉賀野宿から新町宿間の烏川の渡船を賃金を取って営業することを前田家から許された人物。加賀・前田家が、従来の玉村宿を過ぎてから渡川する中山道を、新町宿手前で渡川するルートに変えたため新町宿が形成され、この辺りは加賀街道と呼ばれ、前田家が一種の権限を持っていたとされる。

専福寺 (3)
境内にも不動明王像が鎮座していた。

専福寺 (4)
梵鐘は昭和54年(1979年)に檀徒から寄進されている。

専福寺 (5)
専福寺 (6)
境内の薬師堂。

専福寺 (7)
樹齢400年といわれるクスノキとカヤ。

以前、新町宿の見通し灯籠を紹介したときに、新町宿に滞留していた小林一茶が半ば強制的に寄進させられた逸話を紹介したが、寄進をしつこく依頼したのは専福寺の世話人だという。(「小林一茶も寄進 -新町宿見透し灯籠-」参照)