藤岡市藤岡の白狐山金光寺。

金光寺 (1)
金光寺は正平年間(1346~70年)に釈光全の開基で佐久(信州)に創建。嘉吉年間(1441~44年)に芦田光徳が鎮守寺としている。ちなみに、光徳から芦田姓を名乗ったともいわれる(それまでは依田氏)。その後、天正18年(1590年)に芦田康勝が藤岡に3万石を得て移封された際に、金光寺も藤岡に遷ってきている。

金光寺 (2)
まったく見えなくなっているが、関流八伝・岸幸太郎充豊が奉納した算額。

金光寺 (3)
金光寺 (4)
境内の稲荷社は「鮭塚稲荷」と呼ばれる。伝教大師(最澄)が東国巡教の際に「鮭塚の原」といわれていた場所で、一夜の宿を借りた庵が翌日には跡形もなくなっており、小さな祠があるのみであった。庵主は白狐の化身であると悟った大師は祠を「鮭塚の原稲荷大明神」として祀ったという。

金光寺 (5)
金光寺 (6)
稲荷社の隣には薬師堂がある。薬師如来像は厨子内のようだ。建仁2年(1202年)頃、白狐のお告げで薬師如来石像を作り礼拝、一宇を建立し白狐山金光寺としたとの伝説がある。

薬師如来石像は像高115cm、重さ562kgもある。現在は木造薬師如来像が本尊になっており、石像は元本尊。近年、現在の本堂を新築した際に薬師堂となり小さくなってしまったが、元々は本堂だったという。

2つの白狐伝説が「白狐山」という山号の由来のようだ。2つの伝承がどうリンクするのか分からないけど。

金光寺 (7)
金光寺 (8)
本堂にかかる扁額は「不動尊」と「成田山」の2枚。明治16年(1883年)に成田山新勝寺から不動尊(明王)を勧請。今では新勝寺ゆかりの「藤岡成田山」として節分大祭を毎年行っている。有名人が豆まきに来るなら、見に行くのだが・・・。