藤岡市矢場の御巡部(みくるべ)神社。

御巡部神社 (1)
御巡部神社 (2)
御巡部神社の創建年は不詳だが、出雲大社の分霊を勧請し大国社として創建された。その後、御括部(みくりべ)大明神となり、享保12年(1727年)に御巡部大明神と改称している。

御括部・御巡部はの御厨戸(みくりべ)から変じた名称と思われる。御厨(みくり)とは古代・中世、皇室や伊勢神宮などへの神饌の料を作付け・献納するために設けられ所領。

御巡部神社 (3)
灯籠は大正14年(1925年)の奉納。

御巡部神社 (4)
御巡部神社 (5)
御巡部神社 (6)
御巡部神社 (7)
拝殿の扁額が「大黒天」となっているのは珍しい。ご祭神は「大国主神」で、平安時代以降「大黒天」と同一神とされてる。

御巡部神社 (8)
御巡部神社 (9)
社殿脇に道しるべがあった。「左 高崎 吉井 富岡」「右 児玉 鬼石 秩父」とある。方向的に、社殿の後ろ側を道が通っていたことになる。それとも、社前にあったものを奥に移した?

御巡部神社 (10)
境内のサカキは樹高12m、目通り1.05m、根回り1.63mで、樹齢は約400年と推定される。

御巡部神社 (11)
御巡部神社 (12)
御巡部神社 (13)
武田信玄が永禄6年(1563年)に奉納したとされる石灯籠の残骸。竿石に「永禄六年癸亥三月建之武田信玄」と刻まれている(らしい)。立てられている竿石には文字は見えず、横になっている竿石には「奉」らしき文字が見えた。

永禄年間(1558~70年)、武田信玄は箕輪城を中心とした西上州を盛んに攻略しているので、藤岡市に奉納物があってもおかしくはない。すぐ隣の高崎市吉井町には、武田信玄が築いたとされる陣城跡もある。(「武田信玄の陣城跡 -天久沢観音堂-」参照)