藤岡市本郷の椿社(つばきもり)神社。

椿社神社 (1)
椿社神社 (2)
椿社神社 (3)
椿社神社は建久年間(1190~98年)に文覚上人が神明宮を創建したことに始まるという。その後、天正3年(1575年)高山吉重が再興したとされる。元は隣村にあたる神田(じんだ)に鎮座していたが、現在地へ遷座する際に椿社神社と改めている。

高山氏は桓武平氏良文流の秩父氏の一族で、当地の御厨(みくりや)を管理(所領)していた。その家系からは、高山長五郎(養蚕家)や高山彦九郎(勤皇家)などが出ている。

椿社神社 (4)
杉並木にの覆われた参道は、季節に関係なく心地よい。

椿社神社 (5)
椿社神社 (6)
椿社神社 (7)
社殿前の狛犬は平成19年(2007年)の奉納。社殿はこじんまりとしており、いかにも「村の鎮守」と言ったところ。平成7年(1995年)に改修されている。

椿社神社 (8)
改修により役目を終えた瓦が置かれている。

椿社神社 (9)
明治42年(1909年)に椿社神社に合祀された各地の神社のお社が保存されている。合祀された神社は、「紡ぎ」が転じたといわれる積木神社、上野国志に「瓶酒明神」と記載される瓶酒神社などがある。

椿社神社 (10)
神楽殿。現在も神楽が行われてるかは知らないが、地域的に養蚕神楽だと思う。

ところで、椿社神社(元の神明宮)を勧請したのは僧の文覚上人とされるが、なぜお寺ではなく? と思う。口碑では、浅間山の噴火(天仁元年:1108年)などで土地が荒れ、穀物が採れないことを憂いた上人が苦行をするとともに、食物の神・豊受姫神を勧請したという。

でもそれなら、御厨(みくりや)を管理する高山氏が、その守護のために神田(地名)に豊受姫神(神明宮)を勧請したとする方が、素人的にはそれっぽく感じるのだが・・・。