吾妻郡東吾妻町岡崎の榛名神社。

岡崎榛名神社 (1)
岡崎榛名神社 (2)
岡崎榛名神社は榛名神社(高崎市榛名山町)から火産靈神の分霊を勧請したものと思うが、詳細は不明。

岡崎榛名神社 (3)
岡崎榛名神社 (4)
鳥居の左手には庚申塔や石祠などが集められており、その中に東吾妻町の重文に指定されている宝篋印塔がある。造立年などは不明のようだが、当社に合祀された岡崎諏訪神社から移転されたものだという。

岡崎榛名神社 (5)
杉木立に囲まれた石段を登っていく。

岡崎榛名神社 (6)
岡崎榛名神社 (7)
岡崎榛名神社 (8)
境内は余り広くないが、唐破風付きの拝殿と覆屋内に流造りの本殿がある。

岡崎榛名神社 (9)
岡崎榛名神社 (10)
社殿脇からさらに上へ登る石段があり、行ってみると石祠があった。末社なのかもしれないが、他の末社群は石段と反対側の社殿脇にあったので、奥の院かもしれない。

岡崎榛名神社 (11)
岡崎榛名神社 (12)
社殿脇の末社群に並び、岡上生祠がある。榛名湖の北から流出する沼尾川から引水する「岡上用水」を完成させ、岡崎地区の新田開発に多大な功績を残した岡上景能の徳を慕い、享和元年(1801年)に建立された。

岡上氏は3代(景親、2代目景親、景能)約70年に渡り当地の代官を務め、現在の五町田・箱島・岡崎地区の発展(特に岡崎地区の新田開発)に寄与している。

景能の没年は貞享4年(1687年)なので、享和元年(1801年)だと生祠にならないが、現在の祠が享和の建立ということなのかな。

景能は新田郡笠懸野の用水路整備や開墾にも尽力しており、やはり地元の人々から岡登霊神社(太田市大原町)に祀られている。ちなみに岡上を岡登表記することもあるが、それは後に景能死後(自刃)末裔が岡登を名乗ったためである。

関連
 「岡登景能を祀る -岡登霊神社-
 「岡登景能の墓 -国瑞寺-