渋川市上白井の天霊山空恵寺。
前回訪問時(2012年)、長尾氏累代の墓を見つけられなかったので、捲土重来を期し再訪。(「渋川市上白井・空恵寺 」参照)

空恵寺2 (1)
前回、本堂裏の洞窟みたいなところでくじけたが、よく見ると左に行く細い道があった。草木をかき分けてみたいな感じで坂を上って行く。途中何か分からないが建物があったが、それを無視しさらに上って行く。

空恵寺2 (2)
ありました。長尾氏累代の墓。
長尾氏は桓武平氏の流れをくむ鎌倉氏の一族。鎌倉時代末から南北朝期に上杉家の家臣となり、上杉氏が関東管領として関東・越後に勢力を広げると、その家宰や越後・上野・武蔵の守護代として各地に諸家を分立させ繁栄している。

空恵寺2 (3)
中央の宝篋印塔は、長尾氏祖先・鎌倉権五郎景正、もしくは白井長尾氏の祖・長尾景熙の墓といわれる。これは渋川市の解説板の内容。真偽は分からない。

調べてみたところ、鎌倉権五郎から長尾景弘(長尾氏初代)が出ているのは確かなようだ。また、白井長尾氏の祖は清景とする資料が多いが、清景と景熙の関係は分からない。

ちなみに、鎌倉権五郎を祀る五郎神社というのが伊勢崎市にある。
(「鎌倉権五郎景正を祀る -五郎神社-」参照)

空恵寺2 (4)
空恵寺2 (5)
17基の宝篋印塔・宝塔が並んでいるが、そのうち15基が長尾氏関係の墓とされる。景仲(3代)、景春(5代)など一部の台石には銘も残っているが、倒壊などに伴う積み替えで、原型をとどめているものはないようだ。

ただ、空恵寺が白井長尾氏の菩提寺で、これらの墓碑が長尾氏のものであることは間違いないこと。