渋川市渋川(御蔭)の吉田芝渓(しけい)の墓。

吉田芝渓の墓 (1)
吉田芝渓は宝暦2年(1752年)生まれの農学者。弟・翠屛とともに山崎石燕に儒学を学ぶ。寛政5年(1793年)に芝中に新田を開拓。その体験を「開荒須知」「養蚕須知」などに著した。この間に木暮足翁など多くの子弟を教育し「芝中の先生」と呼ばれた。文化8年(1811年)60歳で死去。

芝渓の実学の学風は、木暮足翁・高橋蘭斎・堀口藍園へと受け継がれ、「渋川郷学」と呼ばれるようになって行く。
*山崎石燕も渋川郷学の祖と呼ばれる

吉田芝渓の墓 (2)
吉田芝渓の墓 (3)
吉田芝渓の墓。
門弟の木暮足翁により建立されている。

吉田芝渓の墓 (4)
芝渓の墓の隣には、弟・翠屏の墓もある。

芝渓の墓はこの墓から100mくらいの所にもある。
吉田芝渓の墓 (5)
草が生い茂り、かき分けて中に入らせてもらった。戒名が刻まれている墓石が3つほど確認できたが、どれが芝渓の墓石かは分からなかった。以前は多くの墓石があったようだが、現在は確認できない。

吉田芝渓の墓 (6)
渋川市のHPによると、祖父母・父母・妻らの戒名・没年が彫られた一石を伴う墓石があると書かれているので、これかな? 唯一複数の戒名が刻まれている。

芝渓の墓はもう1ヶ所、ご子孫が建立した墓が渋川市元町にあるともいわれる(つまり計3ヶ所)。

渋川郷学関連
 「山崎石燕の墓と鳥酔翁塚 -雙林寺 その2-
 「真光寺の重要文化財」(木暮足翁の墓)