渋川市渋川(下郷)の子育地蔵。

下郷の子育地蔵 (1)
真光寺37世・義範は、当時まだ残っていた口減らし(間引き)の風習を強く戒めていた。義範は宝暦11年(1761年)に亡くなるが、その徳を偲んだ人々が明和3年(1766年)に子育地蔵を建立した。

下郷の子育地蔵 (2)
赤子を抱き片膝がけで座る半肉彫りの地蔵尊は、総高262cm、像高約1m。2段目の台石には、打ち出の小槌やかくれ蓑などもが刻まれている。

当所は、義範が隠居後を過ごした竜雲庵跡である。

北橘町八崎の角谷戸薬師堂の天井絵に「間引き絵」があり、間引きの風習はなかなか無くならなかったことを示している。(「天井の間引き絵 -角谷戸薬師堂-」参照)