渋川市川島の「金島の浅間石」と同中村の「中村の浅間石」。

金島の浅間石 (1)
金島の浅間石は天明3年(1783年)の浅間山大噴火の際に流出した泥流(浅間押し)により、吾妻川を伝いここまで運ばれてきたもの。高さ4.4m、東西15.7m、南北10m、周囲は43.2m。

川島村は168軒中127軒の家屋が流され、113名もの死者を出す大きな被害となった(資料によっては家屋の流出150軒、流死者128名とも)。これは村全体が壊滅した鎌原村に次ぐ被害である。(鎌原村は「生死を分けた15段 -鎌原観音堂-」参照)

金島の浅間石 (2)
近くの畑の中にも、当時流されてきたと思われる巨石が散見される。

中村の浅間石 (1)
中村の浅間石 (2)
中村の浅間石は、吾妻川を伝わった泥流が利根川に入り当地まで運ばれてきたもの。ここから800m南にあったが現在地に移築。高さ4.6m、東西11m、南北10mの大きさ。

中村では67軒の集落だったが、24名の方が流死している。

天明3年の浅間山大噴火では、群馬県下で1400名を超える犠牲者が出ている。吾妻川から利根川の流域では多くの流死者が流れ着き、各所に供養塔や慰霊塔(碑)が建っている。さらに下流の埼玉県や東京都にも存在する。