藤岡市下戸塚の水沼神社。

水沼神社 (1)
水沼神社 (2)
水沼神社の創建年は不詳だが、永仁6年(1298年)の上野国神名帳に「従四位下水沼明神」とあり、古くから当地の鎮守として信仰されてきたと思われる。

一の鳥居は、それまでの鳥居が台風により倒壊したため、昭和57年(1982年)の再建。鳥居横の常夜燈は明治31年(1898年)の建立。

水沼神社 (3)
数段の石段を登ると二ノ鳥居。

水沼神社 (4)
水沼神社 (5)
水沼神社 (6)
社殿は明治30年(1897年)の再建。平成19年(2007年)に屋根の改修が行われている。拝殿の扁額は「雨澍殿」。大地を潤す雨といった意味か? 雨乞いの祈願あたりから来てるのかな。

なお、社殿は神流72号古墳上に建っているが、墳丘は削平されている。

水沼神社 (7)
社殿横の大石。稲荷古墳の石室天井石らしい。稲荷古墳が神流72号古墳(当地)なのか他の古墳なのかは分からない。

水沼神社 (8)
社殿裏の石宮。奥宮とのことで、しかも「日本三石宮の一つと伝えられる」とあり、調べみたがはっきりしない。

水沼神社 (9)
神社南側の湧水池。ヤリタナゴ、マツカサガイ、ホトケドジョウの生息地になっている。藤岡市でヤリタナゴとマツカサガイの生息地はここだけだと言う。

水沼神社 (10)
境内に入ってすぐの所に神流川合戦史を刻んだ石碑があった。昭和56年(1981年)の建碑。神流川合戦は天正10年(1582年)織田信長が本能寺の変によって敗死した後、織田方の滝川一益と北条氏直・北条氏邦が争った戦い。

けっこう細かいことまで滝川側の視点で書かれている。