太田市大舘町の東楊寺。
東楊寺には津軽藩代官・足立氏の墓があり訪問済みだが、石田三成の娘・辰姫の墓もあるので再訪した。(「津軽藩代官・足立氏の墓 -東楊寺-」参照)

辰姫の墓 (1)
辰姫の墓 (2)
石田三成の三女・辰姫の墓。

津軽藩・津軽家は関ヶ原の戦いの功績により、上野国2千石を加増されている。現在で言うと旧尾島町(現太田市)周辺。旧大舘村には津軽藩の陣屋が置かれ、参勤交代など江戸出府の際には藩主は東楊寺に滞在したという。

辰姫は慶長3年(1598年)ころ、高台院(ねね)の養女となり、慶長15年(1610年)ころ津軽藩2代藩主・信枚(のぶひら)に嫁いでいる。後に家康養女・満天姫が信枚の正妻となったため側室扱いとなった辰姫は大舘村に移され大舘御前と呼ばれていたが、元和9年(1623年)32歳で死去。

ちなみに辰姫は信枚との間に3代藩主・信義をもうけており、信義は大舘で生まれている。