前橋市西大室町の阿弥陀山観昌寺。
(「大室太郎の墓 -観昌寺-」参照)
観昌寺には、国定忠治の愛妾・お徳が居住していた家屋が移築されている。

お徳の旧家屋
観昌寺は明治17年(1884年)に火災により旧庫裏が焼失。そのため旧赤堀町から国定忠治の愛妾・菊池徳が住んでいた家屋を移築し使用していた。現在は法事会館として使用されている。

国定忠治には「お鶴」という本妻がいたが、職業柄(?)愛妾もたくさんいた。伝えられているだけで「つま」「お町」「貞」「お徳」がいる。「お徳」は忠治晩年の愛妾。

国定忠治は大戸の関所破りの罪で嘉永3年(1850年)に磔刑で処刑されたが、「お徳」が遺体の一部を盗みだし養寿寺と善応寺に埋葬したといわれる。

「お徳」は猛々しい性格の女性だったといわれ、忠治の死後は「女国定」「女侠」と呼ばれるほどだった。後に自ら事業に乗り出し、大地主となっている。そのため、立派な家の住んでいたようだ。

関連
 「国定忠治の墓 -養寿寺-
 「国定忠治の墓 その2 -善応寺 その2-」