多野郡上野村楢原の三笠山中正寺。

中正寺 (1)
中正寺は延長年間(923~31年)に比叡山の僧・円忍坊実仙が毘盧遮那仏を背負ってきて、当地にお堂を建て祀ったのが始まりと伝わる。

もとは中越山の山号だったが、昭和30年(1955年)に三笠山開闢で知られる普寛の6世の法孫である徳忍大阿闍梨により、三笠山と改称されている。ちなみに、普寛は江戸中期(享保から享和)の修験者で、御岳講・御岳教の開祖。秩父の三峰山観音院で修行し、のちに諸国を巡行して、三笠山などを開いている。

中正寺 (2)
永正9年(1512年)に洪水により本堂などが流出。天正年間(1573~93年)に僧・順海が再建。現在の本堂は明治15年(1882年)の再建。

中正寺 (3)
こぢんまりとした梵鐘。

中正寺 (4)
中正寺 (5)
境内のしだれ桜。訪問の季節がら枝のみだが。
永正年間(1504~21年)に實仙和尚が比叡山延暦寺から持ち帰り植えたといわれる。当地は永正9年(1512年)に大洪水の被害に遭っているので、それ以降に植えられたと考えられる。樹齢は約500年と推定され、「仏乗桜」と呼ばれている。根回り7.8m、目通り3.5m、樹高約20m。


中正寺には火渡りの護摩行が伝承されている。裏山で毎年行われる(近年は5月3日)。不動明王の大智慧の光明という火を通すことにより、迷いを燃焼し心の垢を落とし清浄な身体となり、運気上昇、開運厄よけ、大願成就等、ご利益が授かるといわれている。

言密教において最も厳しい修行とされるが、一般の人も希望者は全員渡ることができる(もちろん安全面配慮)。