前橋市山王町の日吉山禅養寺。

禅養寺 (1)
禅養寺は貞観2年(860年)慈覚大師の創建と伝わる。慈覚大師、貞観と言えば、お隣の後閑町円福寺と同じ由緒となる(円福寺は貞観3年の創建)。
(後閑円福寺は「石造阿弥陀如来三尊像 -後閑円満寺-」参照)

ついでに、日枝神社も同年の創建と伝わっており、山王日吉神社を勧請している。禅養寺も山号を「日吉山」というので、日吉神社を守護神としているか、日枝神社の別当寺だったと考えられる。
(日枝神社は「歴代前橋藩主の崇敬社 -山王日枝神社-」参照)

禅養寺 (2)
禅養寺 (3)
境内の十王像。11番目には奪衣婆像もあった。十王の中では閻魔大王が有名で、奪衣婆との組み合わせは多いが、十王が勢揃いしているのは珍しい。

禅養寺 (4)
禅養寺 (5)
本堂は寛政5年(1793年)の再建。柏木村(現高崎市箕郷町)の大工・貞宴を棟梁とする、のべ1899人が携わった記録が残っている。

禅養寺 (6)
本堂屋根には、皇室・菊のご紋と酒井家の家紋(片喰)がある。皇室との関係はよく分からないが、元亀元年(1570年)に詔を得て天皇の万福と天下安泰を祈っている記録があるらしい。

酒井家との関係は、前橋藩主時代に度々社殿・玉垣等の修復を行った記録があり、酒井家の崇拝を受けていたようだ。