安中市磯部の仙石因幡守の頌徳碑。

仙石因幡守の碑
仙石因幡守久俊の頌徳碑は、嘉永5年(1852年)の建立。撰文は亀田鵬斉の子・亀田綾瀬。(亀田綾瀬は「亀田三先生の筆跡 -上五箇愛宕神社-」参照)

仙石因幡守は4000石の旗本で、磯部村に領地を持っていた。磯部村は水利が不便で、農民は用水不足に悩んでいた。そこで、碓氷川からの用水を考えたが、取水地が隣の人見村だったため幕府の力を借りるしかないと考え、自らの磯部領を幕府へ返上、寛文9年(1669年)に摂津・河内へ移った。

天領となった磯部村は、幕府代官の手により寛文13年(1673年)に人見堰が完成し、村内の水田を灌漑することができた。磯部の住民は大いに感謝し、仙石因幡守を稲葉大権現として祀り、その徳を讃えた。