北群馬郡榛東村山子田の桃井城跡。

吉岡町南下にも桃井城と呼ばれる城跡があり、一般的には桃井西城や地名をとって山子田城と言う。吉岡町南下の桃井城は、同様に桃井東城、大藪城と言う。西城と東城は二城一郭の関係であったとされる。

桃井城跡 (1)
桃井城跡 (2)
桃井城は足利義兼の次男・義助が鎌倉時代に築城したとされるが、定かではない。義助の死後、子の義胤が桃井郷の地頭になり、桃井性を名乗ったとされている。ちなみに、義助の祖父・義康が足利氏の祖である。

桃井城は桃井荘を領地とした桃井氏の本拠地であったと推定される。東西210m、南北190mの規模で、西側が主郭、東側が別郭と推定される。東側の別郭には「やぐらすみ」の呼び名が現在も残っている。

別説として、相模の豪族・土屋義清(鎌倉幕府御家人)の居館であり、後に桃井氏に受け継がれ城郭化したとの説もあるが、いづれにせよはっきりしない。

桃井城跡 (3)
桃井城跡 (4)
城跡の南西隅には稲荷神社が祀られている。この辺りは3つあった虎口のひとつと考えられている。

桃井城跡 (5)
桃井城跡 (6)
主郭内の東南に位置する場所に「御堀の五輪塔」がある。
農地内にポツンといった感じだが、周辺からは葺石とみられる玉石が多数発見されている。無銘のためはっきりしないが、桃井氏関係の墓あるいは供養塔と考えていいと思う。

桃井城跡 (7)
特に目立つ遺構は残っていないようだ。