甘楽郡下仁田町下仁田の安養山清泉寺。

清泉寺 (1)
清泉寺は、鎌倉時代の有力御家人・畠山重忠の弟である重俊が、兄の菩提を弔うために開山した。重忠の没年は元久2年(1205年)なので、この辺りの創建と思われる。

清泉寺 (2)
山門の天井絵。

清泉寺 (3)
清泉寺 (4)
現在の本堂は文政11年(1828年)の再建。

清泉寺 (5)
清泉寺 (6)
梵鐘は安永9年(1780年)、地元の鋳物師・太田長左衛門尉藤原順本によって鋳造された。高さ142.5cm、口径75cm。寺の概略と畠山家先祖の追福のために鋳造された旨、銘文が刻まれている。

鋳物師名として「太田長左衛門尉藤原順本」と下仁田町のHPに書かれているのでそのまま書いたが、これはどう解釈すればいいの?左衛門尉って官名(後世は受領名が多い)だと思うが・・・。それとも太田長左衛門と藤原順本の2人?

清泉寺 (7)
清泉寺 (8)
墓地にある宝篋印塔。この宝篋印塔は、基礎と塔身の間に須弥壇をかたどった軸部と中台を置く形式のもの。富岡・甘楽地域では唯一の須弥壇式宝篋印塔である。造立は明徳2年(1391年)で、下仁田町では最古の宝篋印塔。

ちなみに、明徳は北朝の年号。明徳2年は南朝では元中8年。富岡・甘楽地区に残る石塔は、そのほとんどが北朝の年号を用いている。この地区が北朝側の影響下にあった証拠である。