甘楽郡甘楽町国峰の興巌寺。

興巌寺 (1)
興巌寺 (2)
興巌寺(こうがんじ)の由緒は不明。

興巌寺 (3)
本堂は平成12年(2000年)の新築。本堂新築記念碑に「450余年」とあったので、単純計算で1550年前後、天文から弘治(1532~58年)あたりの創建?

興巌寺 (4)
興巌寺は小幡七福神の大黒天を祀る。

興巌寺 (5)
墓地内にある一石五輪塔。その名の通り、1つの石から彫り出した五輪塔。3基とも天引石(砂岩)で造られている。高さは56~58cmとそれほど大きくない。いずれも直線的な軒型をしており、13~14世紀の造立と推定される。小幡氏、藤田氏の供養塔と伝えられているが、定かではない。

風化のためか火輪と風輪間には亀裂が入っており、分離状態(上に乗っているだけ)になっている。

興巌寺 (6)
興巌寺 (7)
墓地内に「国峯城主 小幡氏歴代」という碑があったので、その後ろを見たら小幡氏歴代の墓(宝篋印塔)があった。塔身部は後世のもののようだが、そこには「顕高」「信龍斎全賢(憲重)」「泉龍斎聖賢(不明)」「信定」「重定」「信貞」「信真」の名がみえる。
*( )内はオレの記載

小幡氏に関しては詳しくないが、顕高、憲重、信貞は親子孫の関係で、顕高の法名が「興巌宗賢庵主」とあったので、勝手な想像を働かせると、興巌寺は憲重が父・顕高の菩提を弔うため創建したのかも。

後付けの塔身部に弘治3年(1557年)ともあったので、単純計算からの創建推定年とだいたい合っている。うぅ~ん、自己満。(一石五輪塔の年代とは、ちょっと合わないけど・・・)

ちなみに、小幡氏歴代の墓は宝積寺にもある。
 「小幡氏歴代の墓 -宝積寺-