館林市尾曳町の旧秋元別邸。
(「つつじか岡第2公園 -旧秋元別邸-」参照)
その庭園の一角に明治期の秋元家当主・春朝の像がある。

秋元春朝像
秋元春朝が池に向かって投網で魚を獲る姿を模った像。別邸に足を運んだ際に、城沼で魚獲りをしたのだろうか?

幕末の弘化2年(1845年)に山形から転封となった秋元家は最後の館林藩主である。明治維新時の館林藩主は秋元礼朝で、春朝は礼朝の孫になる(実際は礼朝の養子・興朝の婿養子)。

春朝は明治14年(1881年)の生まれで、大名家なので子爵の位にあった。貴族院の子爵議員に選出されている。

解説板には、「春朝は自然をこよなく愛した粹人で、村人からも親しまれたなかなかの好人物」とあった。

ちなみに、秋元家の菩提寺は前橋市総社町の光巌寺。
(「秋元氏の菩提寺 -光巌寺-」参照)
光巌寺が管理する宝塔山古墳上に、礼朝までの歴代の墓がある。
(「秋元氏歴代の墓所 -宝塔山古墳-」参照)