甘楽郡甘楽町上野の吉田家の土塁・濠跡。

吉田家の土塁 (1)
吉田家の土塁 (2)
吉田家の土塁・濠跡は、室町から戦国期の方形館跡の周囲の土塁と濠跡である。土塁は方形館を囲んでいたが、特に西側は素晴らしい形で現存している(北側は約半分、東側は一部現存、南側は削平)。

吉田家の土塁 (3)
吉田家の土塁 (4)
西側土塁は長さ約70m、下幅約8m、上幅約2.5m、高さ2.5mの規模を誇る。

吉田家の土塁 (6)
西側濠跡は長さ約80m、幅は約6m。素人目にも濠跡だと分かる形で残っている。野菜が植えられているのは、ありがちだ。

当地は江戸時代初期に直轄地として代官・深谷氏が居住しており、その時の館跡の形状を維持していると考えられる。(その後、旗本・河野氏の知行地となり、明治に至る)

箕輪軍記に出てくる「上野城」に比定するむきもあるが、詳細は不明である(甘楽町は「上野城」と考えているようだ)。また、代官が居住していたことから、上野陣屋跡と呼ぶ場合もある。

上野城かどうかはともかく、これだけの土塁が現存していることは驚きである。