富岡市南蛇井の大徳山最興寺。

最興寺 (1)
最興寺は南北朝期の初め(1330年代)に天台宗の寺院として創建。その後一時衰退したが、戦国時代(1470年代)に曹洞宗の寺院として再建されたと伝えられる。

最興寺 (2)
最興寺 (3)
最興寺 (4)
最興寺 (5)
山門は間口三間・奥行二間の入母屋造桟瓦葺の二層門。文久3年(1863年)の建立。江戸時代後期に長野・諏訪地方で成立した大隈流の建築様式。大隅流棟梁・矢嵜善司銘の設計図も残されている。

最興寺 (6)
最興寺 (7)
最興寺 (8)
本堂の屋根には立派な鯱が取り付けられている。元々は鴟尾が中世以降転じたものだが、魚が水面から飛び上がり尾を水面上に出した姿を具象化したもの。屋根の上面が水面を表し、水面下にあるもの(建物)は燃えないとの言い伝えから、防火のおまじないとして用いられてきている。また鯱は建物が火事の際には水を噴き出して火を消すともいわれている。

鯱は姿は魚で頭は虎、尾ひれは常に空を向き、背中には幾重もの鋭いとげを持っているという想像上の動物。漢字は魚偏に虎とそのまま。