桐生市黒保根町水沼の水沼製糸所跡。

水沼製糸場跡 (1)
水沼製糸所は明治7年(1874年)星野長太郎が開業した県内初の民間による洋式器械製糸所である。水沼製糸所で作られる生糸の品質は高く、明治11年(1878年)のパリ万博では一等賞金牌を授与されている。

水沼製糸場跡 (2)
明治14年(1881年)には従業員100人を数えるほどの隆盛ぶりだったが、明治33年(1900年)に廃業。

水沼製糸場跡 (3)
水沼製糸場跡 (4)
現在は長屋門屋や蔵の一部が残されているのみだが、倉には歴史的資料が数多く保存されているという。

水沼製糸場跡 (5)
敷地に積まれた大規模な石垣が製糸所跡の面影をわずかに残す。

水沼製糸場跡 (6)
創業者の星野長太郎は、郷土を振興させるためには「器械敷製糸所により生糸の生産・輸出を行う以外にない」との信念から水沼製糸所を開業。のちに、県会議員や衆議院議員を歴任している。

水沼製糸場跡 (7)
新井領一郎は星野長太郎の実弟で、生糸輸出のためアメリカに赴き生糸市場の開拓・拡大に大きく貢献している。

新井領一郎が渡米する際に、初代県令・楫取素彦の妻・寿から吉田松陰形見の短刀を託されている。ちなみに、このシーンを前橋市が銅像にして前橋公園に設置する計画がある。 (「前橋市が楫取素彦の銅像を建てるって??」参照)