伊勢崎市境上武士の磨尼珠山能満寺。

能満寺 (1)
能満寺は長和元年(1012年)に僧快尊が下野国鶏足寺から法流を分流し創建。しかし文化3年(1806年)に火災で焼失、堂宇、記録、宝物などは失われてしまっている。

能満寺 (2)
能満寺 (3)
本堂は文政4年(1821年)の再建。非常に大きな本堂である。明治42年(1909年)に瓦葺きに改修。

能満寺は能満の名の通り本尊は虚空蔵菩薩。能満虚空蔵菩薩とは虚空蔵菩薩の5つの智恵を5体の菩薩像で表したもの(五大虚空蔵菩薩)の中の宝光虚空蔵菩薩のこと。

能満寺 (4)
能満寺 (5)
能満寺 (6)
境内の不動堂。不動明王を祀る。扁額にもあるように、厄除け不動として参拝者も多い。

能満寺 (7)
能満寺 (8)
能満寺 (9)
不動堂の隣にある閻魔堂。最上段中央の閻魔大王は分かったが、全部で十三体あるので十三王を表していると思われる。一般的には十王だが、その後の3審を担当する三王を含め十三王。

能満寺 (11)
松尾芭蕉の句碑。「無き人の 記念も今や 土用干し」

能満寺 (10)
池の向こうには慈母観音が鎮座。

能満寺は総持寺(太田市世良田町)、大慶寺(太田市新田大根町)とともに、新田三談林(学問所)に数えられた。