高崎市山名町の山名八幡宮。

水戸黄門腰掛け石 (1)
山名八幡宮の境内に水戸黄門が腰を掛けたという石がある。

水戸黄門こと徳川光圀が越後高田家の騒動を治めた後、北国街道、中山道を経由し高崎城下に入り、逗留していた。その際に山名八幡宮を参拝したといわれ、その時に腰かけたのが写真の石だという。

その後、光圀一行は山名城から根小屋城方面に向かうのだが、その時に山賊に襲われていた母娘を助けたという。

まあ、いろいろ言われているが、全部作り話なのは言うまでもない。水戸藩藩主は江戸定府(参勤交代なし)であり、帰国するにも幕府の許可が必要だった。なので、光圀は江戸と水戸の往復程度しかしていない。

水戸黄門腰掛け石 (2)
この石が光圀の時代の物にはとても見えない。新しい三波石あたりじゃないの?(笑)。

最初の写真に写っている「神馬像」のように、山名八幡宮には意味不明な物もある。腰掛石もそのたぐいだね。

山名八幡宮関連
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