北群馬郡榛東村広馬場の黒髪山神社。

黒髪山神社 (1)
黒髪山とは榛名山を構成する相馬山のことで、相馬山は山岳信仰の霊山として厚く信仰されてきた。しかし相馬山は険阻なため登拝が困難なので、里宮として明治20年(1887年)現在地に黒髪山神社が創建された。

黒髪山神社 (2)
鳥居脇に樹齢約250年、高さ30mの大きなモミの木がある。神社全体が鬱蒼とした森の中にあり、オレ的には好きな雰囲気。

黒髪山神社 (3)
黒髪山神社 (4)
黒髪山神社 (5)
落ち着いた雰囲気を醸し出す社殿。

黒髪山神社 (6)
拝殿には新田氏家紋の大中黒が。社紋のようだ。

調べてみたら、神社創建を発起した南和十郎や村上喜造は神道修成派の行者であり、黒髪山神社は神道修成派の上野祠と称していた。その神道修成派の教組が新田邦光(くにてる)という人物。

邦光は阿波(徳島県)の出身で、竹沢平太郎の3男。初め竹沢寛三郎と称していた。しかしいつからか、新田義貞の弟・脇屋義助の末裔を自称し新田を名乗ったので、大中黒が社紋になっているようだ。

脇屋義助は四国・伊予で病没している。でも、伊予は愛媛県に相当するので、四国つながりしかないけど。

黒髪山神社 (7)
拝殿には天狗面が奉納されていた。これを見ると山岳信仰の修験場だというイメージが湧く。

相馬山は約2万年前の噴火活動によりできたといわれているが、山体崩壊により岩屑が南東斜面を流れ落ちた。それが堆積したのが相馬原である。相馬原には旧陸軍の演習場があったが、米軍撤収を経て現在は陸上自衛隊の駐屯地と演習場になっている。