安中市磯部の栄林山信照寺。

信照寺 (1)
信照寺 (2)
信照寺 (3)
信照寺は慶長4年(1599年)下曽根信正が養父・信照の菩提を弔うために創建したと伝わる。 *信正は信照の弟だが、信照の養子となっている。

下曽根氏は源清光(甲斐源氏の祖)の子である曽禰禅師厳尊を祖とする。しかしその血脈は室町中期に途絶え、武田信重(信玄の5代前)の子・賢信が曽禰氏を再興している。この際に下曽根氏となったといわれる。武田二十四将のひとり・曽根昌世はこの家系である。

信照は武田氏滅亡後徳川氏に仕え、天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原攻めでに参陣し、岩槻城攻めで討死している。後を継いだ信正はこの地(碓氷郡内)に1000石の知行を得ている。

信照寺 (4)
下曽根氏累代の墓。
右から信照、信由、信正、信具の墓。信由は信正の子、信具は信由の孫。

戦国末から江戸初期の当主のお墓を紹介したが、信照寺には下曽根氏23代のお墓がある。

信照寺 (5)
信照寺 (6)
境内の池には大きな鯉がたくさん泳いでいた。