安中市岩井の冨光山常楽寺。

常楽寺 (1)
常楽寺 (2)
常楽寺 (3)
常楽寺の創建は不詳(は永禄年間(1558~70年)に火災に遭い古記録を焼失したため)。行基の開山との伝承がある。

山門、本堂とも最近の新築のようだ。

常楽寺 (4)
伊勢三郎義盛の墓。義盛は源義経・四天王のひとり。
側面に「正治元歳正月十三日」の銘があり、正治元年は1199年。義盛の没年は文治2年(1186年)とされているので、供養墓ということになる。

義盛の生涯については諸説あり事実はよく分からないが、「平治物語」では上野国で義経が宿泊した宿の息子としている。一般的には伊勢の在地武士とされるが、伊勢鈴鹿山の山賊で捕えられ松井田に流されていたという説もある。

このため、安中市には義盛に由来する場所がいくつかある。鷹巣神社のご祭神のひとりは義盛である。これは義盛を祀る取勝明神を合祀したためである。また同様に合祀された神明宮は伊勢殿と呼ばれていた。また市内板鼻には義盛の館跡といわれる場所もある。

ところで、供養墓の銘に「正治元歳正月十三日」とある。これは源頼朝の命日である。厳密には建久10年1月13日(正治になるのは4月27日以降)なのだが。

頼朝の命日に供養墓を建てたことになる。まあ、あてつけかな。ただ、元号を間違えていることから、この供養墓はその当時に建立されたものではない。

多分、明治に近い江戸時代ではないかな。いろんな書物を読める環境になっていたので、それを読んで触発された(と言うか義憤にでもかられた?)人が建てたといったところかな。