佐波郡玉村町下新田の玉村宿・木島本陣跡。

木島本陣跡
玉村宿は中山道倉賀野宿から分かれた日光例幣使街道の第一宿で、木島家は本陣として朝廷から使わされた例幣使や役人が宿泊した。

本陣の建物は慶応4年(1868年)の玉村宿大火で焼失してしまった。現在は文久4年(1864年)に建立された例幣使参議・綾小路有長の歌碑のみが残っている。

日光東照宮への例幣使派遣は正保4年(1647年)から慶応3年(1867年)まで行われたが、往路だけでなく帰路も日光例幣使街道を利用したのは2回しかなく、その一人が天保14年(1843年)の綾小路有長である。

「玉むらの やどりにひらく玉くしげ ふたたびきその かへさやすらに」
(今回無事使命を果たし、玉村宿に再び戻ってきたが、前途の木曽路も一路平安であることを祈る)