高崎市吉井町馬庭の馬庭念流道場。

馬庭念流道場 (1)
馬庭念流道場 (2)
馬庭念流は樋口家17代当主・樋口定次が、友松氏宗より学んだ念流を元に確立した(定次は念流8世)。剣術を中心に長刀(薙刀)術、槍術も伝える古武道の流派。定次が馬庭に道場を開いたため、馬庭念流と呼ばれる。

相手を倒す事よりも自分を守る事に重点を置いた守り主体の流派であるとされ、庶民の護身術として上州を中心に関東各地で広範囲に受け入れられたため、廃れずに今日まで続いている。

現存道場は念流20世定広の代、慶応3年(1867年)門人により建てられたものである。道場の名は傚士館(こうしかん)という。建屋は平屋瓦葺きで、建物は東(写真右側)より土間・門・板張りの道場・上段の間となっている。

太刀割石
山名八幡宮にある「太刀割石」。定次が枇杷(びわ)の木刀で割ったという伝説がある。

慶長5年(1600年)、定次は天真流・村上天流と試合をすることになり、必勝祈願のため山名八幡宮に参籠。21日目の満願の日、枇杷の木刀でこの石を断ち割ったと伝えられている。その後、烏川畔において天流を打ち破っている。

ちなみに、この枇杷の木刀は吉井町東谷・住吉神社境内の枇杷の木から作ったものという。

定次は天流との試合に勝った後、後を弟の頼次(念流9世)に譲り、自身は彦根の友松氏宗のもとに旅立った。その彦根で右京という者と闘い敗死したと樋口家の縁の松本家に伝わっている。

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