甘楽郡甘楽町庭谷の庭谷城址。

庭谷城址 (1)
庭谷城址 (2)
庭谷城址 (3)
庭谷城は、東流する鏑川が大きく屈曲して断崖をつくり、奈免沢と
合流する部分に位置し、鏑川右岸の断崖上に立地する。
鏑川との高低差は約20mある。

規模は東西80m、南北140mあり、東側は断崖、南側は比高差
約15mの奈免沢に面し、北側の3分の1は南側より5mほど低い。

虎口は本丸西側のやや南寄りにあり、追手は本丸より約50~60m
西側にあった。堀は南側と西側にあったが、近年埋められてしまった。

庭谷城址 (4)
庭谷城址 (5)
本丸は40m四方で、土塁がめぐっていた。現在は赤城神社が祀られ
ている。

庭谷城は国峯城の支城で、小幡氏の重臣・庭屋左衛門大夫兼行が
城主だったといわれる。天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原
攻めに際し、国峯城とともに落城した。