高崎市箕郷町上芝の太田山金龍寺。

金龍寺 (1)
金龍寺 (2)
金龍寺 (3)
寺伝では、天正4年(1576年)に由良国繁が先祖供養のため創建したといわれる。

金龍寺 (4)
本堂には新田氏家紋・大中黒・新田一つ引が。由良氏(横瀬氏)は新田義貞3男・義宗の家系を自称していたため、新田一族ということになっている。

金龍寺 (5)
由良国繁の墓と伝わる石塔。国繁は下剋上で岩松氏から太田・金山城を奪った成繁の嫡男。

なんで、箕輪城下に太田・由良氏の創建寺があるのだろう。金龍寺創建年といわれる天正4年(1576年)は武田氏の勢力圏である。武田氏は天正3年(1575年)の長篠の戦で大敗したとはいえ、まだ西上州を勢力に入れていた。

ただ、箕輪城代であった内藤昌豊は長篠の戦で戦死しており、その養子である昌月が城代になったのは天正7年(1579年)なので、すきを狙って進出した??

由良氏が従っていた北条氏が箕輪城を手にするのは天正10年(1582年)なので、よく分かんない。

金龍寺 (6)
長野氏家老・町田兵庫助の顕彰碑。由良氏の建てた寺に長野氏の家老の碑がある。しかも顕彰碑。いつの建立か不明だが、ますます金龍寺の由緒が分からなくなった・・・。