邑楽郡邑楽町中野の廣学山神光寺。

新光寺 (1)
新光寺 (2)
神光寺は中野藤内左衛門景春の開基である中野山善正寺が始まり。 景春は新田義貞とともに戦い、延元元年(1338年)越前にて討死している。

新光寺 (3)
新光寺 (4)
元々この地は中野景春の館跡で、戦国時代は富岡氏配下・宝田和泉守が修築し中野城としていたが、天正18年(1590年)廃城になっている。その後、寛永2年(1625年)、善正寺を中野城後に移したのが現在の神光寺である。

新光寺 (5)
邑楽町の天然記念物であもある大カヤ。推定樹齢は約770年ということなので、中野氏が館を構えていた時の
名残りということになる。樹高21mを誇る姿は壮観である。

新光寺 (6)
享保3年(1718年)に起こった館林騒動で処刑された竹岸武兵衛の顕彰碑。大正6年(1917年)の建立。
(館林騒動関係は「館林騒動・三義人の供養碑 -教学院-」参照)

大カヤから志士之碑周りには芝生が敷きつめられており、それも入って行くのに気が引けるほどきれいに整備されている。