前回に引き続き、藤岡市高山の鷲峯山興禅院。

高山重栄の墓
興禅院には高山遠江守重栄(しげひで)の墓がある。

高山氏は桓武平氏良文流の秩父氏の一族。秩父三郎が武蔵国高麗郡高山邑(埼玉県飯能市にある高山不動)に住して高山三郎を名乗り、初代・高山三郎重遠となる。重遠は、上野国緑野郡高山(藤岡市高山)を本拠とした。源義朝に属していたというので、平安朝末のことになる。

重栄は元弘3年(1333年)の新田義貞の挙兵に父・時重と参陣し、数々の武功を挙げている。新田十六騎のひとりに数えられる。父の戦死(分倍河原の戦い)後も新田郡に従軍していたが、義貞戦死後は足利尊氏に従っている。貞和6年(1350年)67歳にて没。

高山重栄は高山長五郎の祖先である。また、江戸期の寛政三奇人のひとりとして著名な高山彦九郎は、分家の子孫にあたる。

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