高崎市南町の愛宕神社。

愛宕神社 (1)
愛宕神社 (2)
愛宕神社は和田城の守護神として、和田義信が京都愛宕神社の分霊を勧請したのが始まりという。

和田義信は上野国和田氏の祖で、和田城の築城者ともいわれる。また、義信の父・義盛は鎌倉幕府創成期の重鎮で、侍所別当を務めている。和田義信の勧請とするなら、愛宕神社の創建は西暦1200年前後と考えられる。

愛宕神社 (3)
愛宕神社 (4)
江戸時代の元和3年(1617年)、高崎城主・松平信吉が再建している。現在の社殿はまだ新しいので、近年の新築。

愛宕神社 (5)
本殿は外からは全く見えない。完全な覆屋というか社殿内。

愛宕神社 (6)
愛宕神社 (7)
社殿前にある井戸。明治26年(1893年)に帝国陸軍の軍事演習視察に明治天皇が高崎に行幸された際、この井戸の水を御前水として差し上げた。脇にある碑はそれを記念する碑。明治天皇の侍従・堀河康隆子爵の詩と和歌が刻まれている。

愛宕神社のご祭神に軻遇突智命(かぐつちのみこと)があり、別名火産霊神といい防火の神である。(他に伊弉諾命、伊弉冉命)

高崎は火災が非常に多かったので、松平氏が防火のために再建したのかな(勝手な推定)。でもあんまり効果なく、高崎は江戸時代から明治時代まで大火続きであったのはご存知の通り。