前回に引き続き、館林市本町2丁目の白峰山大道寺。

戸泉鋼作の墓 (1)
戸泉鋼作(戸泉家)の墓。戸泉鋼作は田山花袋の算術の師。

鋼作は館林藩士の子として天保7年(1836年)に生まれ、明治13年(1880年)頃から地域の青少年に和算(算術、珠算など)を教えていた。明治42年(1909年)死去。享年73歳。(戸泉鋼作について調べられたのはこれのみ)

田山花袋は明治16年(1883年)11歳ころから、登校前に鋼作の和算塾で算術を学んでいたという。

花袋が吉田陋軒の休々塾で漢詩文を学び、14歳の時には漢詩集を編んだことは知られているが、同じころに算術も学んでいたことは余り知られていないと思う。