吾妻郡東吾妻町岩井の巖光山長福寺。

長福寺 (1)
長福寺 (2)
長福寺は弘安年間(1278~87年)に吾妻氏の菩提寺として吾妻太郎行盛を開基として創建された。元禄4年(1691年)中興開山弘鑁(弘算法印)により、現在地に移転している。

長福寺 (3)
観音堂には元禄4年の寺地移転の際に、吾妻太郎行盛の墓地から見つかった金仏一寸八分の観音像が祀られていたが、平成13年(2001年)盗難に遭ってしまった。

長福寺 (4)
吾妻太郎行盛の墓と伝えられる五輪塔(中央、左は夫人、右は家老)。表面に藤原行盛、貞和五己丑年五月廿五日と刻まれている。貞和5年は西暦1349年である

吾妻太郎行盛は当時北朝方に属しており、南朝方の里見氏に攻められ、原町の立石川原で討死している。

吾妻氏は中之条の岩櫃城の築城者とされている。鎌倉時代初期の吾妻太郎助亮である。しかしこの吾妻氏は助亮の子の代に滅び、下河辺行家が岩櫃城主となり吾妻氏を名乗っている。行盛はこちらの系列となる。

*吾妻氏の系譜、岩櫃城の築城者、築城時期に関しては諸説あり、上記はそのひとつである。