佐波郡玉村町上之手の玉村山観照寺。

観照寺 (1)
観照寺 (2)
観照寺は元久元年(1204年)明秀上人の開山。

観照寺はもともと平安時代にこの地を開拓した玉村太郎の館跡といわれる。玉村太郎は藤原秀郷(俵藤太)とともに平将門の乱の平定に参陣しているという。

観照寺 (3)
観照寺 (4)
弘化2年(1845年)の玉村の大火により本堂を始め焼失、安政4年(1857年)に再建されている。

観照寺 (5)
観照寺 (6)
阿弥陀板碑が3基ある。

中央の板碑には弘長2年(1262年)の銘があり、成型板碑としては群馬県内でも最も古いもののひとつ。高さ128cm、幅40cm。向かって右の板碑は弘安7年(1284年)のもので、高さ85cm、幅36cm。左の板碑は文和2年(1353年)のもので、高さ97.5cm、幅34cm。

観照寺 (7)
観照寺 (8)
観音堂。馬が脇にひかえているけど、馬鳴菩薩?

鎌倉時代、上野国は安達氏が盛長以降4代にわたり守護を務めていたが、玉村氏は安達氏の家臣として大いに活躍したという。玉村氏の名は「蒙古襲来絵詞」や「吾妻鏡」にも出てくる。