高崎市榛名湖町の御沼オカミ神社。
オカミという漢字は、雨冠りに口を横並びで3つ、その下に龍。

御沼オカミ神社 (1)
御沼オカミ神社 (2)
御沼オカミ神社の由緒は不明だが、武田信玄の箕輪城攻めの際、榛名湖に入水した木部姫を祀るために建立されたという説もある。ちなみに、御沼オカミ神社のご祭神は水を掌る龍神。

御沼オカミ神社 (3)
社殿脇に建つ木部姫の供養塔(左の小さいのは腰元の供養塔)。

ここに残る木部姫伝説とは、下記のようなもの。長野業正の娘(4女といわれる)は木部範虎に嫁ぎ、木部姫と呼ばれていた。永禄9年(1566年)の武田信玄の箕輪城攻めの際、木部姫は範虎とともに箕輪城に詰めていたが、落城前に家臣の手により箕輪城を脱出。榛名湖方面に落ち延びている。

しかし箕輪城落城の報に接し、「敵の手に落ち生恥をさらすは武門に生まれた身のなすべき事にあらず」との思いから榛名湖に入水してしまった。すると姫の体は一匹の龍と化し、榛名湖に沈んでいったという。

腰元も「姫様が湖底にいるならお側で仕える」と入水した。腰元は蟹となり、龍と化した姫のために湖の水をいつも綺麗に保っているという。

木部姫の位牌は、以前紹介した高崎市木部町の心洞寺にある。
(「木部範虎の墓 -心洞寺-」参照)

なお、木部町の人たちは、腰元が木部姫のために蟹になったことから、今も蟹を食べないと聞いたことがある。

この木部姫伝説には別バージョンもある。
木部姫は木部範虎の娘(母は長野業正の娘)で、榛名山に参拝した際に大蛇に身を変え榛名湖に沈んでいったというもの。榛名湖に行った理由も、自分で行きたいと言ったもの、周り者もが勧めたというものなど、いくつかある。ただ、腰元が後を追い蟹になったというのは同じ。

御沼オカミ神社 (4)
境内から榛名富士が綺麗に見える。

次回も木部姫伝説のつづきを紹介するよ。