前橋市大手町1丁目の長壁神社。

長壁神社 (1)
長壁神社は前橋藩主・松平朝矩が姫路から前橋へ転封となった際、姫路から遷したもの。朝矩が姫路から転封になったのは寛延2年(1749年)なので、前橋での創建は同年となる。

もともと長壁神社(刑部神社)は、光仁天皇の皇子・刑部親王とその王女・富姫を祀った姫路の神社。今の姫路城がある姫山に鎮座していた。豊臣秀吉が姫路城築城のため城下に遷したが、後の城主・池田輝政が姫路城内に戻した。

現在も姫路城天守閣に刑部神社があるが、正式には跡宮である。(いろいろ伝説が残っており、パワースポットとしても有名)

長壁神社 (2)
長壁神社 (3)
藩主が姫路城から遷座してきたとも思えないよう小さい社。

この長壁神社にもいろいろ伝説がある。朝矩は姫路天守閣にあった刑部神社を前橋に遷座した際、天守閣に祀らなかったため長壁神の怒りを買い、前橋城は利根川の浸食により崩壊寸前になったという。

このため明和4年(1767年)朝矩は川越への移るのだが・・・。この時、朝矩の枕元に長壁神が現れ「一緒に川越へ連れて行って欲しい」と懇願したが、朝矩は「城を守れなかったではないか」と断り長壁神社を川越に遷座しなかった。すると、翌明和5年(1768年)朝矩は31歳の若さで死んでしまった。おぉ~コワ。

長壁神は明治期に前橋東照宮に合祀されている

そう言えば、前橋城を崩壊の危機に陥らせた女性の伝説もあったな。
(「お虎が渕伝説 -虎姫観音-」参照)