前橋市三河町の狐雲山正幸寺。

正幸寺 (1)
正幸寺 (2)
正幸寺 (3)
正幸寺は慶長5年(1600年)平岩親吉の寄進により、徳川家康の8男・仙千代を祀ったもの。仙千代は平岩親吉の養嗣子になったが、慶長5年にわずか6歳で早逝している。

平岩親吉は徳川16神将のひとりに数えられる武将である。天正18年(1580年)家康の関東移封とともに前橋藩主となり、関ヶ原の戦い後の慶長6年(1601年)甲府に移っている。(親吉後に前橋に入ったのが酒井重忠)

現在堂宇は昭和61年(1986年)の再建である。

正幸寺 (4)
正幸寺 (5)
親吉が仙千代追善のため祀った勝軍地蔵が鎮座する地蔵堂。葵の御紋が輝いている。

正幸寺 (6)
正幸寺は現在も朝7時と夕方6時に「時を知らせる鐘」として鐘を鳴らしている。その音は前橋市のHPで聴くことができる。

仙千代の同母弟・義直は尾張家の始祖となり、親吉はその御附家老となっている。

追記
 再訪記はこちら 「高須隼人の墓 -正幸寺 その2-