Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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吾妻郡東吾妻町岩井の白山神社。

岩井白山神社 (1)
岩井白山神社 (2)
岩井白山神社の創建は不詳だが、吾妻太郎行盛の子・斎藤憲行(秋間斎藤氏の養子になった)が創建したと伝わる。憲行が岩櫃城主になったのは延文2年(1357年)といわれているので、岩井白山神社の創建もそのあたりか。

岩井白山神社 (3)
岩井白山神社 (4)
岩井白山神社 (5)
明治元年(1868年)当地に遷座。社殿は昭和52年(1977年)焼失、昭和59年(1984年)氏子のみなさんの浄財により再建されている。

岩井白山神社 (6)
岩井白山神社 (7)
明治40年(1907年)に合祀された境内社群。

ところで、斎藤氏の系譜には諸説あり、越前国出身ともいわれる。藤原秀郷(俵藤太)の子孫で、越前から移り斎藤憲行が岩櫃城主になったという説。岩櫃入城は応永12年(1405年)とされる。この場合、吾妻行盛の子・斎藤憲行と越前出身の斎藤憲行は別人。

斎藤氏が越前出身だとすると、隣国の加賀国(石川県)の白山比咩神社(白山神社の総本社で加賀国一宮)の分霊を勧請したと考えると、何となくそれっぽい。

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吾妻郡東吾妻町植栗の鹿島宮

鹿島宮 (1)
鹿島宮 (2)
植栗鹿島宮は元慶2年(878年)に奈良・春日大社の分霊を勧請し創建された。

鹿島宮 (3)
鹿島宮 (4)
社殿は大永3年(1524年)斎藤越前守、天正元年(1573年)植栗安芸守が造営・再建などの記録が残る。その後も元禄6年(1708年)に建替えられている。

斎藤越前守は岩櫃城主・斎藤憲実あたりか。植栗氏は吾妻氏の分家とされるが、植栗安芸守については分からない。

鹿島宮 (5)
境内の末社群。一番左の祠には寛政3年(1791年)、別の祠(写真には写ってない)には宝暦2年(1752年)の銘があった。

鹿島宮 (6)
鹿島宮 (7)
石段脇から水が出ていたが、鹿島のご神水ってこれかな。水量はあまり多くないが、きれいな水なので湧き水っぽい。手水舎に引いているのもご神水だと思う。かなり山の方まで管が伸びている。

嵩山
中之条町のシンボル・嵩山がきれいに見えた。切り立った岩肌や奇岩の類いなど岩櫃山との共通点も多い。いずれも単独峰だと思うが、関連はあるのかな?

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前橋市(旧郡部を除く)

八咫鏡を作った石凝姥命を祀る -鏡神社-
前橋市東大室町・大室神社
大室城本丸跡に鎮座 -大室神社-
大胡城主・牧野康成の開基 -湯清寺-
国定忠治の愛妾・お徳の旧家屋 -観昌寺 その2-
大室太郎の墓 -観昌寺-
笂井町の氏神様 -笂井近戸神社-
前橋市・稲荷新田の薬師さま
前橋市亀里町・阿内宿の石幢
軍神・岩佐直治中佐の墓 -松竹院-
室町時代の鰐口 -東福寺-
前橋市最古の六地蔵石幢 -正法寺-
前橋市上青梨子町・淡島神社
前橋市青梨子町・菅原神社
「関東の名工」小林源太郎の彫刻 -植野稲荷神社-
天狗岩用水開削時の丁間台 -丁間稲荷神社-
高須隼人の墓 -正幸寺 その2-
慈覚大師の創建 -禅養寺-
歴代前橋藩主の崇敬社 -山王日枝神社-
石造阿弥陀如来三尊像 -後閑円満寺-
前橋市上大島町・近戸神社
百番観音 -浄土院-
前橋市・公田の岩舟地蔵
前橋市・小島田の阿弥陀如来坐像
群馬県最古の供養碑 -小島田の供養碑-
前橋市・江木の宝塔
前橋市江木町・六所神社
津久井磯の遺徳碑 -隆興寺 その2-
前橋公園の「楫取素彦と松陰の短刀」銅像
旧普蔵寺供養塔 -最善寺 その2-
前橋市・今井神社古墳
前橋市・富田の宝塔
前橋市・正円寺古墳
上州七福神・福禄寿を祀る -正円寺-
前橋市・桂萱大塚古墳
前橋城の鬼門除け -早虎稲荷神社-
前橋市・片貝能満虚空蔵地蔵尊
片貝神社の太々神楽 -片貝神社-
平敦盛の供養塔 -泉蔵寺-
赤い御霊石伝説 -小石神社-
「おくまんさま」の三つ足八咫烏石 -前橋市・熊野神社-
佐藤垢石の碑
お沓の言い伝え -前橋市・上新田雷電神社-
前橋市・鳥羽の大日如来および笠塔婆
応永の宝塔 -大福寺-
青栁大師 -龍蔵寺-
石田玄圭の墓
養蚕神楽 -春日神社-
「生糸のまち前橋」の近代化遺産 -旧安田銀行担保倉庫-
前橋市出身の英霊を祀る -厩橋護国神社-
日本最初の製糸工場 -前橋製糸場跡-
楫取素彦・寿夫妻の発願 -清光寺-
筑波山信仰 -無量寿寺-
前橋市日輪寺町・菅原神社
十一面観音伝説 -日輪寺-
魚遊寺伝説 -乗明院-
伝教大師・最澄の創建 -善光寺-
意外と怖い長壁神 -長壁神社-
静御前のお墓??
酒井重忠の建立 -観民稲荷神社-
市街地の発電所 -柳原発電所-
御真影御里御坊 -妙安寺-
赤穂浪士・矢頭右衛門七の母の墓 -大蓮寺-
広瀬川 白く流れたり -広瀬川遊歩道-
徳川家康の8男・仙千代を祀る -正幸寺-
酒井忠世の開基 -隆興寺-
松平直矩の開基 -永寿寺-
新田義貞の首塚? -新田塚古墳-
新田義貞の首級を持ち帰った(?)「覚明」の墓 -宝禅寺-
神明宮の外宮? -前橋千代田・稲荷神社-
太田道灌の建立?? -前橋千代田・神明宮-
酒井重忠所縁の寺 -源英寺-
前橋公園の日本庭園
学校院若王子大明神 -御霊神社-
中臣羽鳥連の墓 -釈迦尊寺-
名馬「磨墨」の蹄がご神体 -駒形神社-
大坂戦籠城之図 -前橋文学館 その2-
萩原朔太郎記念・水と緑と誌のまち前橋文学館
前橋厄除け大師 -蓮華院-
総社神社の別当寺 -徳蔵寺-
上野国府跡? -宮鍋神社-
名馬・磨墨の墓 -祝昌寺-
前橋市・金冠塚古墳
前橋市・亀塚山古墳
前橋市・天神山古墳
前橋市・天川二子山古墳
前橋市総社町・遠見山古墳
前橋市総社町・愛宕山古墳
鎌倉坂伝説 -善勝寺-
酒井忠世家臣・本城氏の墓 -長昌寺-
初代前橋市長・下村善太郎の墓 -龍海院 その2-
白鳳時代の大伽藍寺院跡 -山王廃寺跡-
松平(直基)家の崇敬社 -前橋東照宮-
復活のイエス -前橋聖マッテア教会-
群馬初のカトリック教会 -前橋カトリック教会-
群馬初の公会堂 -群馬会館-
昭和時代の群馬の顔 -群馬県庁昭和庁舎-
江戸時代の年貢貯蔵庫 -上泉郷蔵-
剣聖・上泉信綱の墓 -西林寺-
安産の神様と巨石群 -産泰神社-
石川氏の墓 -最善寺-
前橋・大室公園 その6 -旧関根家住宅-
前橋・大室公園 その5 -前二子古墳-
前橋・大室公園 その4 -中二子古墳-
前橋・大室公園 その3 -後二子古墳-
前橋・大室公園 その2 -小二子古墳-
前橋・大室公園 その1 -M・1号古墳-
赤城神社 その3 -二宮・赤城神社-
前橋・八幡山古墳
単層四脚の総門 -大徳寺-
常盤御前のお墓? -極楽寺-
静御前のお墓? -養行寺-
上野国の総鎮守 -総社神社-
初めて見たオリンピックのメダル -総合スポーツセンター・スポーツ資料館-
岩神の飛石 -岩神稲荷神社-
お虎が淵伝説 -虎姫観音-
のんびり散策 その2 -敷島公園・ばら園-
のんびり散策 -敷島公園-
お艶のその後・・・ -お艶が岩/お艶観音-
淀君のお墓? -元景寺-
上毛野田道の墳墓? -蛇穴山古墳-
秋元氏歴代の墓所 -宝塔山古墳-
秋元氏の菩提寺 -光巌寺-
徳川譜代・酒井家の菩提寺 -龍海院-
明治時代の迎賓館 -臨江閣-
水道タンクと資料館 -前橋市水道資料館-
ネコも入りたがる記念館 -萩原朔太郎記念館-
あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-

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前橋市江田町の鏡神社。

鏡神社 (1)
鏡神社の創建は不詳だが、大和国の鏡作坐天照御魂神社(かがみつくりにいますあまてらすみたまじんじゃ)から石凝姥命(いしこりどめのみこと)の分霊を勧請したと伝わる。また「上野国神名帳」記載の「鏡明神」は鏡神社のことだとされる。

石凝姥命を勧請したのは上野国国府(総社神社周辺と推定されている)に大和国から呼び寄せられた鏡作りの技術者だと考えられている。石凝姥命は日本神話に登場する神で、天照大神の岩戸隠れの際に八咫鏡を作ったことで知られる。

鏡神社 (2)
鏡神社 (3)
向かって右側(東?)からの入口に建つ鳥居。

鏡神社 (4)
鏡神社 (5)
鏡神社 (6)
上野国神名帳に記載されている古社だが、その後朽ち果てるほどに廃れていたが、慶長年間(1596~1615年)に富澤氏・小野里氏の手で再建されている。富澤氏・小野里氏についてはよく分からないが、現在も江田町には富澤(富沢)さん・小野里さんが多数お住まいである。

鏡神社 (7)
余り広くない境内に多数の境内社・末社が並んでいる。

鏡神社 (8)
道を挟んでの境外にも末社が鎮座している。

鏡神社 (9)
旧鳥居の扁額だと思うが、現在は拝殿に掲額されている。この扁額かは分からないが、安永年間(1772~81年)に岩松義寄が揮毫した扁額を鳥居に掲げたところ、神社前を乗馬で通行する人が必ず落馬したため、扁額を撤去したら事故は起こらなくなったという。この扁額は宝物とし現存している。

義寄の頃から岩松家では「ネズミ除け」「キツネ憑封じ」などの呪術まがいのことを行っており、そいうことから馬が怯えたのかな。

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渋川市、吉岡町、榛東村

利根川の断崖上に鎮座 -上白井厳島神社-
藤原季長の屋敷神 -作間神社-
小野金善の天之御中主像を祀る -七社神社-
渋川市・祖母島のキンモクセイ
武内宿禰がご祭神 -武内神社-
白井長尾氏の祖・長尾清景の創建 -金井八坂神社-
旧長尾村吹屋地区の総鎮守 -白井愛宕神社-
豊城入彦命の創建? -中村早尾神社-
小林源八作の本殿彫刻 -半田早尾神社-
渋川市・辰巳稲荷神社
白井城主・長尾憲景の開基 -玄棟院-
渋川市・満行山泰叟寺
上野国五之宮? -若伊香保神社-
渋川市有馬・渠口神社
恵心僧都作の聖観音像 -神宮寺-
渋川市埋蔵文化財センター
渋川市北橘町・厄除け観音別所堂
江戸時代の年貢貯蔵庫 その3 -小室郷蔵-
男性助産師・石田伍助の供養塔
渋川市北橘町・応永15年の宝篋印塔
渋川市赤城町・いなり塚古墳
円形の句碑・齋坊塔(花塚) -御前神社-
渋川市・大宮姫神社
渋川市白井・玉椿の道祖神
渋川市・松原の道しるべ
利修仙人伝説 -鳳来寺峯薬師堂-
溝呂木の大ケヤキ -溝呂木諏訪神社-
渋川市北橘町・上箱田の大クワ
白井長尾氏累代の墓 -空恵寺 その2-
角田無幻道人の遺髪塚
盗品除けの神 -千石稲荷神社-
特殊機構の廻り舞台 -上三原田の歌舞伎舞台-
旧子持村最古の神社建築 -中郷菅原神社-
渋川市・中ノ峯古墳
渋川市・人助けのカヤ
賑貸感恩碑 -興福寺-
絵師・根本常南の墓
群馬県最古の竪穴式住居 -八木沢清水縄文時代住居跡-
白井長尾氏家臣・飯塚大学の石堂
宮大工・岸豊後守積保の墓
渋川市・如意山良珊寺
永享の五輪塔 -千音寺跡-
漢学者・堀口藍園の墓
高橋蘭斎の墓 -遍照寺-
渋川郷学の祖・吉田芝渓の墓
渋川市・下郷の子育地蔵
渋川市・下郷の大クワ
文安の薬師石堂 -渋川・延命寺-
金島の浅間石 & 中村の浅間石
山寄せ式円墳 -金井古墳-
渋川市北橘町・赤城山雙玄寺
渋川市北橘町・八崎の立石
天井の間引き絵 -角谷戸薬師堂-
渋川市北橘町・東円山観音堂
渋川市北橘町・小室敷石住居跡
渋川市北橘町下南室・赤城神社
木曽義仲の首塚(?)上に鎮座 -木曽三柱神社-
首飾りの古墳人 -群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館 その2-
葛原親王の創建? -小出神社-
馬場重久の顕彰碑 -北下諏訪神社-
桃井尚義の創建? -大藪八幡宮-
伝・桃井直常の墓 その2 -金剛寺跡-
伝・桃井直常の墓 -桃井塚-
石原流の社殿彫刻 -宿稲荷神社-
十二神将が護る厨子 -榛東村・東光寺-
榛東村・御堀地蔵堂の板碑
桃井氏の居城 -桃井(西)城跡-
最澄の創建、真雅の改宗 -字輪寺-
弁慶の遺書 -黒髪山神社 その2-
鬼面石祠 -下八幡宮-
雨乞い祈願の霊験碑 -大宮神社-
旧新井村の守護神 -榛東村・新井八幡宮-
道元の典座教訓像 -宮昌寺-
奈良時代の創建 -聖宮神社-
渋川市津久田・人形舞台
敷島のキンメイチク(金明竹) -上の森八幡宮-
渋川市津久田・赤城護国神社
渋川市津久田・鏡の森歌舞伎舞台
関口文次郎の本殿彫刻 -渋川市津久田・赤城神社-
静寂の古社 -子持神社-
新田一門・大島氏の墓 -大島家墓地の石堂墓石-
非思量庭(えもいわれぬ◯◯◯のお庭) -福増寺-
永岡形部左衛門の墓 -興禅寺 その2-
三原田の宝篋印塔群 -興禅寺-
北牧の氏神様 -若子持神社-
山崎石燕の墓と鳥酔翁塚 -雙林寺 その2-
江戸時代初期の農家造り -旧入沢家住宅-
渋川市・虚空蔵塚古墳
渋川市・横堀宿の三国街道一里塚
有栖川熾仁親王がご祭神 -有栖川宮神社-
相馬山信仰 -黒髪山神社-
養蚕家・馬場重久の墓
渋川金井宿の分水石と滝不動
旧塩川温泉・湯前薬師石堂
大自然の芸術作品 -かに石甌穴-
三国街道金井宿本陣跡
里見義秀の供養塔? -金蔵寺-
断崖の懸崖造り御堂 -岩井堂観世音御堂-
群馬の創作こけし -卯三郎こけし-
伊香保 おもちゃと人形 自動車博物館 
日本のポンペイ その2 -中筋遺跡-
三国街道の一里塚
武田信玄の愛馬を供養 -駒形社-
日本のポンペイ -黒井峯遺跡-
群馬県埋蔵文化財調査センター 発掘情報館
甲(よろい)を着た古墳人 -群馬県埋蔵文化財調査センター-
平(千葉)常将を祀る -常将神社-
伊香保(水沢)街道野田宿・森田宗家
上野国四之宮 -渋川・甲波祝禰神社-
伊香保森林公園・わしの巣風穴
佐渡奉行街道の道しるべ その2
五重塔がある! -柳沢寺-
佐渡奉行街道の道しるべ
空から飛来した観音様 -矢落観音-
葺石がすご過ぎ(笑) -滝沢古墳-
珍しい正八角形墳 -三津屋古墳-
吉岡・南下古墳群 その4 -E号古墳&F号古墳-
吉岡・南下古墳群 その3 -C号古墳&D号古墳-
吉岡・南下古墳群 その2 -B号古墳-
吉岡・南下古墳群 その1 -A号古墳-
伊香保神社の里宮 -三宮神社-
滝沢石器時代遺跡
勝保沢の十一面観音堂 -宗玄寺-
渋川市赤城歴史資料館
名泉・湧玉が滾々と -木曽三社神社-
意外に楽しめる -榛東村耳飾り館-
北橘のシンボルタワー -佐久発電所-
渋川市北橘歴史資料館
渋川市上白井・空恵寺
雙林寺の七不思議 -雙林寺-
本多氏ゆかりの寺 -源空寺-
真光寺の重要文化財
聖獣が一番印象に残った -真光寺-
渋川氏の祖・義顕の創建 -渋川八幡宮-
水澤観音 -水澤寺-
閉館中でした -旧ハワイ王国公使別邸-   
伊香保御関所(伊香保口留番所)
断崖絶壁の山城 -長井坂城跡-
用水路にある発電所 -天狗岩水力発電所-
伊香保温泉の石段を最後まで登ると・・・ -伊香保神社- 

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渋川市上白井の厳島神社。

上白井厳島神社 (1)
上白井厳島神社 (2)
上白井厳島神社の創建は不詳だが、境内に寛永4年(1707年)銘の石宮があるので、それ以前と推定される。鳥居は真新しく、つい最近の建立と思われる。

上白井厳島神社 (3)
鳥居横に石仏や石宮がまとめられている。寛永4年の石宮を探してみたが、年号が読み取れたのは違う年号だった。

上白井厳島神社 (4)
上白井厳島神社 (5)
上白井厳島神社は、利根川に半島のように突き出た断崖上に鎮座している。境内から見ると、利根川が眼下に見える。地図を見ても、この半島状の地形が確認できる。

上白井厳島神社 (6)
上白井厳島神社 (7)
断崖上なので境内も狭く、社殿もこぢんまりとしている。鳥居の新しさとは違い、境内を囲む金網フェンスは背が低い上に老朽化しており、利根川を見るために身を乗り出すと、倒れそうでちょっと怖い。

上白井厳島神社 (8)
境内入口から利根川に降りられる道がある(旧参道かな)。覆っている竹が一部倒れていたため難渋した。4枚目の写真はここから降りて行って撮った。

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渋川市村上の作間神社。

作間神社 (1)
作間神社の創建は不詳だが、観応元年(1350年)藤原季長が屋敷神として祀ったものを、季長退去後に村民が作間神社としたと伝わる。藤原季長は当地を治めていた守護。岩井観音堂を再興した人物とされる。(岩井観音堂は「断崖の懸崖造り御堂 -岩井堂観世音御堂-」参照)

作間神社 (2)
鳥居扁額の揮毫は金井之恭。金井之恭は金井烏洲の4男で貴族院議員。

作間神社 (3)
鳥居の脇には、寛保元年(1741年)銘のある双体道祖神。

作間神社 (4)
作間神社 (5)
作間神社 (6)
社殿は延宝5年(1677年)に再建、享保4年(1719年)火災の記録が残る。現在の社殿の建立年などは分からず。

作間神社 (7)
本殿は平成18年(2006年)に改修が行われている。

作間神社 (8)
神楽殿。村上の太々神楽は、享保4年に焼失した社殿が再建された祝典に奉納されたのが始まりといわれる。

作間神社 (9)
昭和40年(1965年)に神楽殿を修理した際には、小渕恵三元首相も寄付をしている。寄付当時は当選1回の新人議員だけど。

作間神社 (10)
作間神社 (11)
「天然記念物 作間神社の大けやき」という標柱が玉垣に囲まれた中に建っており、近くのケヤキ(?)を撮影してきた。でも鳥居の両側に立っているケヤキの方が、幹も太く樹齢も長そうだったけど。社殿裏にも立派なケヤキがあった。もしかしたら特定の木じゃなく、神社境内の複数本の「群」的な指定なのかな。

ところが帰ってから調べたら、群馬県の「県指定文化財一覧」に「作間神社の大けやき」ってないんだよね。何らかの事情で取り消されている?
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渋川市小野子の七社神社。

七社神社 (1)
七社神社 (2)
七社神社は大同元年(806年)の創建と伝わる古社。坂上田村麻呂の征蝦時、上野国から募兵に応じた小野金善(京から配流されていた)が大功を立てた。その金善が許され帰京するに際し、郷民に贈った天之御中主の像を七社大明神として祀ったのが始まりという。

七社神社は、後に西の沢、富士山、三田野、如意庵、金善寺、甲里の6ヶ所に分霊し、それぞれ七社神社として祭祀したので、本宮(当社)と合わせ7ヶ所にある。

七社神社 (3)
七社神社 (4)
急な石段を登っていくと石灯籠が見える。境内に着いたぁ~と思ったら、そこには民家が。

七社神社 (5)
七社神社 (6)
民家の脇を廻ると二ノ鳥居。扁額に七社大明神とともに八幡大神の名もある。八幡神社(宮)が合祀されているようだ。

七社神社 (7)
参道脇には杉木立。

七社神社 (8)
七社神社 (9)
七社神社 (10)
社殿前の石灯籠には応永の文字が読み取れた。応永は1394~1427年。

ところで、先に書いた七社神社の由緒の年代は疑問だ。天之御中主は実態のない神とされ、信仰の対象となったのは近世に妙見菩薩と習合されるようになってからとされる。北斗七星の本地である北極星の神格化が妙見菩薩。本宮(当社)を北極星として、他の6社を合わせて北斗七星を模したんだと思う。なので、別神を祀っていたが秩父神社あたりの影響から妙見信仰が発生し、七社神社になったのではと勝手な想像。

ついでに、小野金善から旧小野子村の名はついている。ちなみに、金善とともに田村麻呂の征蝦軍に従軍した村上平太から旧村上村の名はついている。小野子村と村上村が合併し旧小野上村(現渋川市)になっている。

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渋川市祖母島のキンモクセイ

祖母島のキンモクセイ
祖母島のキンモクセイは、主幹は根元周り2.7mで、地上0.8mで5支幹に分かれている。各支幹周りは0.8mから1.1m。樹高は8.5m、樹冠東西8.6m、南北9.3m。樹齢は約280年といわれている。樹勢は旺盛で病害虫や大きな損傷はなく、国内最大級のキンモクセイである。

キンモクセイは雌雄異株だが、日本には花付きの良い雄木がほとんどなので挿し木で増やすそうだ。

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渋川市祖母島(おばしま)の武内神社。

武内神社 (1)
武内神社の創建は文安元年(1444年)と伝わる。明治2年(1869年)村内他社を合祀し改称するまでは宿禰神社(大明神)と呼ばれていた。

武内神社 (2)
武内神社 (3)
一ノ鳥居は昭和60年(1985年)の建立。

武内神社 (4)
二ノ鳥居というか旧鳥居(と思われる)。

武内神社 (5)
石段の石灯籠には延享(1744~48年)の文字が見えた。

武内神社 (6)
拝殿前の岩を削った手水舎。

武内神社 (7)
武内神社 (8)
武内神社 (9)
こじんまりとしているが千鳥破風唐破風で、木鼻・獅子などの彫刻が施された拝殿。中を覗くとこけら葺きの本殿が見えた。

武内神社 (10)
県道から見ると丘自体が木々で鬱蒼としており、もしかしたら大古墳などとも思える威容だ。

バス停
県道のバス停は「祖母島神社前」。

ところで、武内神社が甲波宿禰神社の論社ということから、三社並立(川島・箱島との島つながり)では? とか、宿禰から連想される武内となったのでは? とか、諸説あるようだが、いずれも「そうだろうか?」。まず、ご祭神が違う。明治に入って宿禰から連想される武内宿禰を突然祀って武内神社にしたわけではないだろうし。

当地と武内宿禰のつながりとしては、和銅元年(708年)に上野国守に任じられた田口益人は武内宿禰の末裔とされており、渋川市の隣の東吾妻町・吉岡神社は田口益人の創建と伝わる(「源頼義・頼朝も参拝した古社 -吉岡神社-」参照)。それを考えれば、当地に武内宿禰を祀る神社が創建されたとしても、おかしくはないのでは?

もちろん、素人考えです。ご了承を。

ついでに、武内神社には日本武尊も祀られている。日本武尊が東征のおり当地で儲けたのが大若宮彦(大宮や巌鼓尊と呼ばれた)。その祖母の墓を祖母塚と呼び、地名の島の郷と合わさり祖母塚になったといわれる。大若宮彦を祀ったのが東吾妻町の大宮巌鼓神社(「東吾妻町・大宮巌鼓神社」参照)。

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渋川市金井の八坂神社。

金井八坂神社 (1)
金井八坂神社 (2)
金井八坂神社は観応2年(1351年)白井城主・長尾清景の創建と伝わる。ちなみに、清景は白井長尾氏の祖とされる。また、観応は北朝側の年号で、同時期の南朝は正平。

金井八坂神社 (3)
金井八坂神社 (4)
金井八坂神社 (5)
現在の社殿は文政4年(1821年)の建立。昭和51年(1976年)に屋根の葺き替え(銅板葺き)を行った際に、棟札が見つかったという。

金井八坂神社 (6)
神輿庫は平成23年(2011年)の新築。旧神輿庫と並んで建つ。

金井八坂神社 (7)
金井八坂神社 (8)
神輿庫には新旧の神輿が保存されている。旧神輿の前にある鬼瓦は、旧神輿庫のものかな。

ところで、群馬郡誌(大正14年:1925年刊行)によると「嘉永6年(1853年)の水害で社殿は灰燼に帰す(後に再建)」とあるが、先に記したように昭和51年に文政4年の棟札が見つかっている。この辺の事実関係は、よく分からない。(当時は群馬郡金島村大字金井と言った)
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渋川市白井の愛宕神社。

白井愛宕神社 (1)
白井愛宕神社 (2)
白井愛宕神社の創建は不詳だが、白井城の雷神・防火神として祀られたと考えられる。白井城の築城時期の詳細は不詳だが、室町時代中期(1450年前後)と推定されている。

白井愛宕神社 (3)
白井愛宕神社 (4)
白井愛宕神社 (5)
社殿は比較的新しく、近年に改修されたと思われる。

白井愛宕神社 (6)
拝殿の彫刻。鶴と松の彫刻で縁起が良い。

白井愛宕神社 (7)
ご神木の大ケヤキ。樹齢約600年と推定され、神社創建と同時に植樹されたと考えると年代的にも辻褄が合う。

白井愛宕神社は、住所は白井だが吹屋地区が管理している。以前紹介した峯薬師も、住所は白井だが吹屋地区が管理していた(現在は源空寺が管理)。
(「利修仙人伝説 -鳳来寺峯薬師堂-」参照)

吹屋地区は旧長尾村、白井地区は旧白郷井(しらごうい)村(両村が合併して子持村)なので、合併時の地割りの関係かな。

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渋川市中村の早尾神社。

中村早尾神社 (1)
中村早尾神社 (2)
中村早尾神社の創建は不詳だが、上野国神名帳に記載の「家尾明神」とされる古社である。「家尾」が「早尾」に訛ったといわれる。これは前回紹介した半田早尾神社と同様(「小林源八作の本殿彫刻 -半田早尾神社-」参照)。どちらが本社だろう?

また伝承によると、豊城入彦命が当地を治めた際、上村・中村・下村と名付け中村の地に自ら勧請したともいわれる。豊城入彦命は第10代・崇神天皇の皇子で、東国を平定し上毛野氏の始祖とされている。

その他にも、創建は白鳳3年(674年)との伝承もある。この白鳳という年号は私年号(日本書紀に出てこない年号)。

中村早尾神社 (3)
中村早尾神社 (4)
中村早尾神社 (5)
社殿は平成20年(2008年)の改築。正徳3年(1713年)に「奉再興遷宮正一位早尾大明神」の祈祷札が現存しているので、このとき再建されているようだ。

中村早尾神社 (6)
中村早尾神社 (7)
ご神木の大ケヤキは根元周り11m、目通り7.3m、高さ19m。以前はもっと高かったが、幹の空洞化が進み危険になったので平成8年(1996年)に、9mのところから伐採し治療を行っている。樹齢は600年とも1000年ともいわれる。実はこのケヤキは2代目で、初代は枯れてしまい切り倒されている。なお、初代は豊城入彦命が当社を勧請した際に、手植えしたとの伝承がある。

社宝として武田信玄が白井城攻略の際に奉納したという備前光忠作(とされる)刀一口が残されている(実際に白井城攻略にあたったのは真田氏)。

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渋川市半田の早尾神社。

半田早尾神社 (1)
半田早尾神社 (2)
半田早尾神社 (3)
半田早尾神社の創建は不詳だが、上野国神名帳に記載の「家尾明神」とされる古社である。「家尾」が「早尾」に訛ったといわれる。

半田早尾神社 (4)
池の水は干上がっていた。

半田早尾神社 (5)
半田早尾神社 (6)
拝殿前には昭和11年(1936年)建立の獅子山がある。

半田早尾神社 (7)
本殿は文化4年(1817年)の建立で、こけら葺き。見事な彫刻は熊谷の小林源八正信の作といわれる。小林源八は石原流2代目・石原常八の弟子。

半田早尾神社 (8)
半田早尾神社 (9)
上は孔子の故事かな。孔子が陽虎と間違われた場面。下は坂田公時。金時が母と別れる場面。ガラス越しなので、ちょっと写りが悪くて申し訳ないです。

半田早尾神社 (10)
境内にはいろいろな碑が建っている。明治天皇が行幸された際に、休憩されたようだ。

半田早尾神社 (11)
夫婦ケヤキ。樹齢500年を超えるとされ、2本のケヤキが繋がったもの。夫婦がてをつないでこの間を通ると子供が授かるといわれる。全体を撮ろうとして、逆に分かりづらい写真になってしまった(手前の木の方が目立っている)。

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渋川市渋川(辰巳町)の辰巳稲荷神社。

辰巳稲荷神社 (1)
辰巳稲荷神社は明治27年(1894年)に、羽鳥安五郎氏が屋敷神様として京都伏見稲荷の分霊を勧請。大正15年(1926年)に旧渋川町東南部の鎮守として公衆化。

辰巳稲荷神社 (2)
辰巳稲荷神社 (3)
辰巳稲荷神社 (4)
社殿は大正15年の建立。昭和42年(1967年)に現在地の遷座。昭和54年(1974年)に改修されている。

辰巳稲荷神社 (5)
社殿前の石碑は大正10年(1921年)に羽鳥家で建立した屋敷神様当時のもの。

渋川駅近くの一角にあるので境内含め広くはないが(と言うか非常に狭い)、地域の方々に崇敬されている。

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