Tigerdreamの上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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高崎市貝沢町の五霊神社。

五霊神社 (1)
五霊神社 (2)
五霊神社は和田正信が相模国三浦から鎌倉権五郎景正の分霊を勧請し、赤坂の地に祀ったのが始まりという。正信は熊野神社(現高崎神社)を寛元元年(1243年)に勧請しているので、五霊神社の勧請も同年と考えられる。

五霊神社 (3)
石段前の灯籠は、平成23年(2011年)の東日本大震災で倒壊したため、新たに奉納されたもの。

五霊神社 (4)
五霊神社 (5)
五霊神社 (6)
元禄8年(1695年)に時の高崎城主・大河内輝貞が高崎の鬼門除けとして現在地に遷座している。以来高崎城主の崇敬厚く、城主は毎年参内し領内の除災を祈願したという。

五霊神社 (7)
五霊神社の社殿は「五霊神社古墳」上に鎮座している。五霊神社古墳は約15mの周堀を持つ前方後円墳だが、後円部は削られており現在は前方部のみ45mが残っている。横穴式石室は角閃安山岩製で、副葬品も多数見つかっている。6世紀後半の築造と推定される。

五霊神社を勧請した和田正信は上野国和田氏の祖とされる和田義信か義国の子とされる。ついでに、ご祭神の鎌倉権五郎景正は平安時代後期の武将で、後三年の役(1083~87年)時に右目を射らながら奮闘した逸話が残っている。伊勢崎市には景正を祀る五郎神社がある。さらについでに、景正の子孫からは白井長尾氏が出ている。

関連
 高崎神社 「高崎の総鎮守 -高崎神社-
 上野国和田氏 「上野和田氏の館跡? -和田の館跡-
 五郎神社 「鎌倉権五郎景正を祀る -五郎神社-
 白井長尾氏 「白井長尾氏累代の墓 -空恵寺 その2-

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亥年 (1)
明けましておめでとうございます。
みなさまにおかれましては、健やかな新年をお迎えのことと、お慶び申し上げます。

2010年に始めたブログも、遂に10年目に突入した。我ながらよく続いているものだと感心する。しかも2015年からは2本も。また、やはり2015年に立ち上げたHP(Tigerdream-NET)も同様だ。

今年も「上州まったり紀行」で群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡などを紹介しつつ、「まったりとスペシャル系」には好き勝手書いていく。HPはもう少し工夫の余地があると思っているので、少しずつ直していきたい。

今年もブログ・HPをよろしくお願いいたします。みなさんにとって2019年が良い年であることを祈念いたします。

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2018年も残すところわずかとなった。平成最後の年末ということになる。恒例の「上州まったり紀行Award(アワード)」を発表して、1年の締めくくりとしたいと思う。

今年はちょっと頑張って約190ヶ所の記事をアップでき、総数が1500ヶ所を超えた。ただ、利根・沼田や館林・邑楽方面に足を伸ばせなかった(遠いので・・・)など、訪問地域に偏りがでてしまったのは残念だった。

その中から、個人的偏見で2018年のベスト5を発表する・・・前に、番外編から。これはその場所がどうのではなく、オレの知識・興味向上に役立ったというもの。

番外編1 土屋山城守の墓(多野郡神流町)
武田勝頼の遺児が上野村・神流町を経由し南牧村へ逃れたという伝説を知ることができた。遺児のお墓の存在(伝承)など、興味が出てきた。

番外編2 宝蔵寺(多野郡上野村)
木地師の墓があり、木地師という存在を知ることができた。

では、ベスト5です。
5位 浅間石(渋川市)
浅間山の噴火(自然の猛威)のすさまじさを、まじまじと実感できた。

4位 植野稲荷神社(前橋市)
名工・小林源太郎の彫刻が素晴らしい。

3位 女神神像碑(富岡市妙義町)
女神像が線刻されているのを初めて見た。非常に珍しいと思う。

2位 黒川不動堂(富岡市)
円空作の十一面千手観音像を見ることができた。

1位 群馬県立歴史博物館(高崎市)
リニューアルオープン(2017年)後の初訪問。観音山古墳出土物の実物が多数展示されている。また、総持寺蔵の伝新田義貞木像の実物を見ることができた(これが1番の理由)。

ちょっと付け加えると、今年は1度目の訪問で見つけることの出来なかった
国定忠治の2つ目の墓(伊勢崎市・善応寺)
白井長尾氏累代の墓(渋川市・空恵寺)
藤鶴姫の墓(高崎市倉渕町)
などを訪問することだできた。また、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成遺産の内、唯一未訪問だった田島弥平旧宅を訪問したのもトピックスだと思う。

もちろん、これら以外にも印象に残った場所はたくさんあった。今年の傾向として、メジャーな観光寺院や神社はなりを潜め、どちらかと言うと各地に根付いた神社仏閣や、各市町村の文化財(特に石仏や宝塔関係)の訪問が多かったと思う。

ネタ切れ気味という話もあるが、現在群馬郡誌・佐波郡誌・多野郡誌など、大正から昭和初期に書かれた各郡誌を読み込んでいるので、新しい発見もあるのではと思っている。

今年も「上州まったり紀行」をご覧いただきありがとうございました。2019年も引き続きよろしくお願いいたします。

みなさん、良いお年をお迎えください。

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吾妻郡東吾妻町厚田の太田神社。

太田神社 (1)
太田神社の由緒は不詳。太田は地名(旧村名)に由来する。明治期に村内他社を合祀した際に改称したと思われる。

太田神社 (2)
太田神社 (3)
鳥居の先には延々と続く石段。脇には舗装道路もあり、クネクネ登って行く。さあ、どっちを選ぼうか。神社参拝なので、真っ直ぐに石段を登ろう! この決断は?

太田神社 (4)
太田神社 (5)
ようやく(本当にようやく)二ノ鳥居が見えてきた。扁額には「満行大権現」。太田神社のご祭神は榛名神社と同様の火産霊神と波邇夜須毘売神(埴安神)の二神(主祭神)。

太田神社 (6)
二ノ鳥居からも、さらに延々と石段を登らないといけない。足が悲鳴を上げ始めたところで、やっと境内に到着。石段の途中で何回か道路と交差したが、どっちの道が良かったのかは分からない。多分どっちを選んでいても、大して変わらなかったのでは?

太田神社 (7)
太田神社 (8)
社殿は延宝2年(1674年)真田信利が再建した記録が残る。信利は義人・茂左衛門の直訴などが理由で改易された殿様。現在の社殿は火災による焼失後の明治20年(1887年)の再建。昭和31年(1956年)改築。

太田神社 (9)
神楽殿。20年くらい前までは例祭時に神楽が奉納されていたようだが、現在は途絶えているという。

太田神社 (10)
注連縄が飾られていたのでご神木と思う。

太田神社 (11)
太田神社鳥居前からは岩櫃山が正面に見える絶好のロケーション。岩櫃山は標高802m、南面は約200メートルの絶壁。奇岩、怪石からなる切り立った山容は東吾妻町のシンボルである。

太田神社 (12)
舗装道路があったのなら車で登っていけばよかったのにと思うかもしれないが、イノシシ除けの電気柵があったので入れなかったのだ。

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吾妻郡東吾妻町本宿のへそ岩。

へそ岩 (1)
へそ岩 (2)
温川の対岸岩肌に「へそ岩」と呼ばれる岩(穴)がある。直径上下20m、左右30m、奥行き10mのサイズで、へその形に似ていることからその名がついた。オレ的には「へそ」と言うよりは「目玉」に近いような気もするけど。

東吾妻町には「へそ岩」以外にも「屏風岩」「布袋岩」「竜頭岩」「竜尾岩」(吾妻渓谷)などの奇岩がある。町のシンボルである岩櫃山も岩だらけの山だし、観光資源として岩も重要な位置づけになっている。

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吾妻郡東吾妻町小泉の白鳥神社。

小泉白鳥神社 (1)
小泉白鳥神社 (2)
小泉白鳥神社の創建は不詳だが、地域の口碑(言い伝え)では上野国神名帳にある「小磯明神」のことだという。何でも地名も神社名も「小磯」が訛って「小泉」になったらしい。吾妻郡誌もそのこと(訛り)を書いた上で「記載し後人の鑑定に備える」としている。

石灯籠には文化6年(1809年)の銘があった。

小泉白鳥神社 (3)
小泉白鳥神社 (4)
小泉白鳥神社 (5)
境内は広くはないが木々に囲まれ、入母屋造りの拝殿と神明造りの本殿がよく映えている。社殿は大正11年(1922年)に全焼、翌年再建されている。

小泉白鳥神社 (6)
境内社の秋葉宮。

小泉白鳥神社 (7)
コンテナ置き場になっている舞殿。歌舞伎舞台かな。

小泉白鳥神社 (8)
注連縄が飾られているので神石? 霊石? 磐座?

小泉白鳥神社も前回紹介の奥田白鳥神社同様、過去「白頭明神」呼ばれていたようなので、中之条の市代牧を守護する役割を担っていたようだ。口碑を信じるなら、小磯神社→小泉神社→白頭神社→小泉神社かな。(奥田白鳥神社は「東吾妻町・奥田白鳥神社」参照)

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吾妻郡東吾妻町奥田の白鳥神社。

奥田白鳥神社 (1)
奥田白鳥神社の創建は不詳だが、ご祭神の日本武尊が東征の際に当地で休息されたのにちなみ社殿を建立したと伝わる。その後、貞享3年(1686年)白頭明神と改称し、さらに明治10年(1877年)に再び白鳥神社となっている。

奥田白鳥神社 (2)
石段脇の松は、主幹が途中から90度曲がっている。「あづまかるた」に「妙なる松の 白鳥神社」と詠われている(奥田地区は旧東村)。

奥田白鳥神社 (3)
奥田白鳥神社 (4)
なぜか拝殿内の電灯が点いていた。消し忘れ? それともセンサー付き? 結果的に電灯により影ができてしまい、目当てのものがよく見えないという事態に。単に写真の技術がないだけとの意見もある?

奥田白鳥神社 (5)
目当ての扁額。「白鳥神社の彫刻」の名称で東吾妻町の重文になっている。縦59cm、横30cmの木板で、木地は朱塗り。文字は金字で「正一位白頭大明神」と記されている。享保2年(1717年)のものといわれる。

奥田白鳥神社 (6)
奥田白鳥神社 (7)
社殿裏に覆屋があり覗いてみたら、お稲荷さんのようだ。末社かな。

ちなみに白頭明神とは牧場の守護神。かつて、現在の中之条町市城に市代牧と呼ばれる牧場があり、その牧域が現在の奥田地区まで拡がっていた。その周辺に牧場を守護する「白頭明神」置かれたので、一時社名が変わっていたようだ。

ただ、市代牧が作られたのは奈良から平安時代とされるので、江戸時代に社名変更という由緒はちょっと疑問。もう少し古い時代から「白頭明神」になっていたのではと思う。

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吾妻郡東吾妻町岡崎の柏原の宝篋印塔。

柏原の宝篋印塔 (1)
柏原の宝篋印塔は台座を含めると4mくらいあり、塔部分でも3m以上ある大型の宝塔。ただ、見た目の情報以外は何もない。

当地に解説板もなく、東吾妻町のHPにも解説が載っていない。また、東吾妻町の重文であることを示す標柱も折れていた(悲)。

柏原の宝篋印塔 (2)
横に石仏や仏塔などが並んでいる。

立派な宝塔だけに、由緒などを知りたかったなぁ。

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吾妻郡東吾妻町岡崎の岩久保観音堂。

岩久保観音 (1)
岩久保観音は元和元年(1615年)、当地の代官・岡上景親(初代)の創建。

岩久保観音 (2)
石段を登って行くと観音堂がある。余り境内は広くないが、木々に覆われ良い雰囲気である。観音堂は承応2年(1653年)に岡崎地区を始め近隣から浄財を集め建立されている。

岩久保観音 (3)
本尊は大日如来。六観音が脇を固める。本堂内に厨子があったので、大日如来や観音さまはこの中かな。

岩久保観音 (4)
岩久保観音 (5)
岩久保観音 (6)
現在の本堂裏に間口4.5m、高さ3.6m、奥行き3mほどの岩屋(洞窟)があり、元々はこの穴の中に祀ったのが始まりのようだ。現在も大日如来石像が置かれている。岩久保観音の名は、この岩屋からきているのだろう(当初は大日六観音と呼ばれていた)。

岩久保観音 (7)
境内の墓碑は、観音堂建立に尽力するとともに、岡崎地区の開拓を補佐した代官手代・土屋吉重、吉政父子と岡崎地区開拓者14名ものである。

岩久保観音 (8)
観音堂下には広場があり「おかのぼり公園」と命名されている。訪問した当日も、広場では地元のお年寄りグループがグランドゴルフを楽しんでいた。

岡崎地区の開拓に大きな功績を残した岡上3代は、現在も地元の方々から尊敬と親しみを持って記憶されている。3代目・岡上景能の位牌は、現在も岡崎地区に保管(個人所有)されており、岩久保観音の祭日には観音堂に祀られる。

関連
 「岡上生祠 -岡崎榛名神社-

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吾妻郡東吾妻町岡崎の榛名神社。

岡崎榛名神社 (1)
岡崎榛名神社 (2)
岡崎榛名神社は榛名神社(高崎市榛名山町)から火産靈神の分霊を勧請したものと思うが、詳細は不明。

岡崎榛名神社 (3)
岡崎榛名神社 (4)
鳥居の左手には庚申塔や石祠などが集められており、その中に東吾妻町の重文に指定されている宝篋印塔がある。造立年などは不明のようだが、当社に合祀された岡崎諏訪神社から移転されたものだという。

岡崎榛名神社 (5)
杉木立に囲まれた石段を登っていく。

岡崎榛名神社 (6)
岡崎榛名神社 (7)
岡崎榛名神社 (8)
境内は余り広くないが、唐破風付きの拝殿と覆屋内に流造りの本殿がある。

岡崎榛名神社 (9)
岡崎榛名神社 (10)
社殿脇からさらに上へ登る石段があり、行ってみると石祠があった。末社なのかもしれないが、他の末社群は石段と反対側の社殿脇にあったので、奥の院かもしれない。

岡崎榛名神社 (11)
岡崎榛名神社 (12)
社殿脇の末社群に並び、岡上生祠がある。榛名湖の北から流出する沼尾川から引水する「岡上用水」を完成させ、岡崎地区の新田開発に多大な功績を残した岡上景能の徳を慕い、享和元年(1801年)に建立された。

岡上氏は3代(景親、2代目景親、景能)約70年に渡り当地の代官を務め、現在の五町田・箱島・岡崎地区の発展(特に岡崎地区の新田開発)に寄与している。

景能の没年は貞享4年(1687年)なので、享和元年(1801年)だと生祠にならないが、現在の祠が享和の建立ということなのかな。

景能は新田郡笠懸野の用水路整備や開墾にも尽力しており、やはり地元の人々から岡登霊神社(太田市大原町)に祀られている。ちなみに岡上を岡登表記することもあるが、それは後に景能死後(自刃)末裔が岡登を名乗ったためである。

関連
 「岡登景能を祀る -岡登霊神社-
 「岡登景能の墓 -国瑞寺-

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渋川市有馬の満行山泰叟寺。

泰叟寺 (1)
泰叟寺の由緒は不明。山号から榛名権現(伊香保)との関連性があると考えられる。前回紹介した「若伊香保神社」のすぐ隣りにある。若伊香保神社の隣りと書いたが、年代的には泰叟寺の隣り(もしかしたら寺域)に若伊香保神社が遷座してきた(昭和23年:1948年)のだと思う。

泰叟寺 (2)
石段脇の六地蔵。最近増えてきたかわいい系のお地蔵さん。

泰叟寺 (4)
泰叟寺 (5)
泰叟寺 (6)
本堂前で狛犬が守護している。狛犬というと神社のイメージが強いが、元々は仏の守護獣なのでお寺にあるのが普通。明治期の神仏分離、その後の国家神道化などで、狛犬は神社の方に多くが移されたのではないか? と勝手な想像。

泰叟寺 (6)
本堂の入り口前に2体の石像が見える。見覚えのある人気キャラ。

泰叟寺 (7)
泰叟寺 (8)
ドラえもんとアンパンマンの石像。どういう意図で置いてあるのか分からないが、これはこれで親しみがあっていいのでは。

これを見ると、ドラえもんとアンパンマンは可愛く石像化するにはもってこいのキャラだと思った。

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渋川市有馬の若伊香保神社。

若伊香保神社 (1)
若伊香保神社 (2)
若伊香保神社の創建は不詳だが、「日本三代実録」に記される「若伊賀保神」が若伊香保神社のことだと境内の由緒碑にはあった。貞観5年(863年)にその名が出てくるので、それ以前の創建となる。ちなみに、群馬郡誌には貞元2年(977年)の創建とある。

また、社名から伊香保神社との関連が想定され、伊香保神社が三宮神社(現、伊香保神社の里宮)に遷座した際、旧地に祀られたのが若伊香保神社であるという説もある(このへんのことは「渠口神社」の記事でも書いた)。

一ノ鳥居の扁額は「若伊香保神社」(写真では分かりづらいが)。鳥居手前の社号標も「若伊香保神社」。

若伊香保神社 (3)
若伊香保神社 (4)
若伊香保神社 (5)
石段を登ると二ノ鳥居。扁額は「正一位 若加保大明神」とある。若伊香保ではないし、若伊賀保でもない。

若伊香保神社 (6)
二ノ鳥居から、さらに石段を登ると社殿がある。

若伊香保神社 (7)
若伊香保神社 (8)
若伊香保神社 (9)
社殿は安政4年(1857年)に全焼し、明治43年(1910年)に諏訪社を合祀した際に再建。しかし、昭和22年(1947年)の台風により倒壊、翌23年に現在地に移築・再建されている。

拝殿の扁額は「若加保神社」で二ノ鳥居と同じ。「伊香保神社」が上野国神名帳では「伊加保大明神」と表記されていることを考えると、若加保の表記は伊香保神社の旧地という説も満更ではないかもと思わせる。

若伊香保神社 (10)
境内の子種安産の大石。

若伊香保神社 (11)
社殿奥の石柱にも「若加保大明神」とあった。狐像が置かれており、稲荷さま扱い?

ところで、由緒碑には若伊香保神社は上野国五之宮だと書いてあった。一般的には伊勢崎市の大国神社が五之宮とされている。調べてみると、「上野国神名帳」も「総社本」「一宮本」「群書類従所収本」があり、多少内容が違っていた。確かに「若伊香保神社(若伊賀保大明神)」が五之宮になっているものもある。

平安末の「上野国交替実録帳」には、玉殿1宇・幣殿1宇・鳥居2基・向屋1宇・鳥居2基・向屋1宇・美豆垣1廻・荒垣1廻・舞人陪従屋1宇・厨屋1宇との記述があり、五之宮であっても不思議ではない規模を窺わせる。


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渋川市有馬の渠口(みぞぐち)神社。

渠口神社 (1)
渠口神社 (2)
渠口神社の由緒は不明。上野国内神名帳に「従四位上 有馬渠口明神」と記載されているので、平安から鎌倉時代には創建されていたと考えられる。「渠」の名からも田んぼへの水利(新田開発など)祈願の神社と思われる。

渠口神社 (3)
渠口神社 (4)
参道を進むと右に二ノ鳥居。

渠口神社 (5)
渠口神社 (6)
渠口神社 (7)
現在の社殿は江戸時代後期の建立とされる。平成10年(1998年)に銅板葺に改修されている。

渠口神社 (8)
多くの末社・境内社が祀られている。

ご祭神の阿利真公は豊城入彦命の6世孫とされており、孝徳天皇の御代(645~54年)に天皇の宮まで水を通した功から、後に「利水工事の神」「建設の神」、転じて「五穀豊穣の神」とされた。

また、阿利真公はその読みからも分かるように有馬氏の祖とされる。有馬氏は「いかほ神」(山岳信仰)を信仰し、伊香保神社を奉祭したといわれる。現在の伊香保神社は温泉街の石段上にあるが、元は三宮神社が本宮であったとされ、さらにそれ以前は有馬氏の名を冠する当地に鎮座していたとされる。現在はそこに若伊香保神社がある。(もちろん異説あり)

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渋川市有馬の慈眼山神宮寺。

神宮寺 (1)
神宮寺 (2)
神宮寺 (3)
神宮寺は寛弘年間(1004~11年)の開創と伝わる。山門は昭和63年(1988年)の新築。

神宮寺 (4)
本堂は享保11年(1726年)に焼失したが、享保19年(1734年)に再建。以降改修を重ねた後、昭和56年(1981年)大改修を行っている。

神宮寺 (5)
神宮寺 (6)
聖観音を祀る観音堂。聖観音は恵心僧都の作といわれる。謂れは不明。なお、富岡市の寿福寺にも恵心僧都作といわれる十一面観音像がある。
(「恵心僧都作の十一面観音像 -寿福寺-」参照)

神宮寺 (7)
神宮寺 (8)
観音堂前のふれ愛観音。金ピカな観音様。軒に掛かっている、同じく金ピカの三鐘とセットなのかな。どうでもいい話だけど、中学の同級生(女の子)にすっごい似てるんだなぁ。

神宮寺 (9)
山門脇の大日如来坐像。元禄15年(1702年)の造像。有馬地区内に鎮座していたが、明治の初めに山中に遷され、昭和に入ってから神宮寺に遷っている。

神宮寺 (10)
観音堂となりのとげぬき薬師。とげぬき薬師石仏は室町時代の作といわれ、滝沢川の氾濫時に水澤方面から流れ着いたと言い伝えられている。大正3年(1914年)に神宮寺に遷されている。でも、どの石仏が肝心の薬師如来像か分からなかった。

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上州まったり紀行の中から「博物館・資料館・テーマパーク」に関するものをリスト化したもの。博物館・資料館は、展示が主目的のところが対象。(付属的に資料が展示してあるところは除く)


前橋市(旧郡部を除く)

前橋文学館 その2
水と緑と誌のまち前橋文学館
総合スポーツセンター・スポーツ資料館
前橋市水道資料館
萩原朔太郎記念館
前橋蚕糸記念館


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

粕川歴史民俗資料館
赤城山総合観光案内所


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

華蔵寺公園遊園地
玉村町歴史資料館
伊勢崎市赤堀歴史民俗資料館
相川考古館


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

渋川市埋蔵文化財センター
群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館 その2
卯三郎こけし
おもちゃと人形 自動車博物館
群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館
群馬県埋蔵文化財調査センター(甲を着た古墳人)
渋川市赤城歴史資料館
榛東村耳飾り館
渋川市北橘歴史資料館


高崎市(旧郡部を除く)

群馬県立歴史博物館(企画展とテーマ展示)
群馬県立歴史博物館(リニューアル後)
群馬県立歴史博物館
高崎市美術館
中曽根康弘資料館
山徳記念館
洞窟観音
高崎市歴史民俗資料館
観音塚考古資料館
群馬県立歴史博物館


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

榛名公園ビジターセンター
高崎市榛名歴史民俗資料館
吉井郷土資料館
土屋文明記念文学館
日本絹の里
多胡碑記念館


安中市

世界乗物館(龍昌寺)
おぎのや資料館
碓氷峠鉄道文化むら
和宮資料館
旧碓氷郡役所
安中ふるさと学習館


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

富岡市郷土館
甘楽古代館(再訪)
群馬県立自然史博物館
岡部温故館
こんにゃく博物館
甘楽古代館
下仁田町ふるさとセンター歴史民俗資料館
甘楽町歴史民俗資料館


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

高山社情報館
藤岡市体験学習館MAG(マグ)
藤岡歴史館 その2
全国郷土玩具館
上野村森林科学館
神流町恐竜センター
地すべり資料館
藤岡歴史館


太田市(旧郡部を除く)

大隅俊平美術館
高山彦九郎記念館


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

藪塚本町歴史民俗資料館
ジャパンスネークセンター
三日月村
新田荘歴史資料館
縁切寺満徳寺資料館


桐生市

ぐんま昆虫の森
桐生が岡遊園地
桐生が岡動物園
桐生織物記念館
相澤忠洋記念館
桐生自動車博物館


みどり市

陶器と良寛書の館
富弘美術館
岩宿博物館
童謡ふるさと館
旧花輪小記念館
野口水車保存館
大間々博物館


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

大泉町文化むら・民俗資料館
大泉町文化むら・埋蔵文化財常設展示室
向井千秋記念 子ども科学館
館林市第1資料館
田山花袋記念文学館・館林市第2資料館


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

永井宿郷土館
猿ヶ京関所跡
名胡桃城址資料館
川場村歴史民俗資料館
生方記念資料館
奈良俣ダム・ヒルトップ奈良俣
雲越家住宅
奥利根民俗集古館
相俣ダム情報館
みなかみ町水上歴史民俗資料館
水紀行館
月夜野びーどろパーク
須川宿資料館
月夜野郷土歴史資料館
山岳資料館
茂左衛門資料館


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

ぐんま天文台
八ッ場ダム広報センター・やんば館
ロックハート城 その3
ロックハート城 その2
ロックハート城
草津ビジターセンター
片岡鶴太郎美術館
草津中和工場
草津熱帯園
草津温泉資料館
ベルツ記念館
ベースボールスター博物館
伊参スタジオ公園
薬王園
歴史と民俗の博物館Musee(ミュゼ)
嬬恋郷土資料館
浅間火山博物館
鬼押出し園

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