Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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伊勢崎市波志江町の新宿(あらじゅく)の変型板碑。

新宿の変形板碑 (1)
新宿の変型板碑は高さ93cm、厚さ30.5cmで、頂部は山形をしており縁部には約4cmの縁取りが施されている。明応2年(1493年)の造立銘がある。周りの石囲いは文政10年(1827年)に造られている。

新宿の変形板碑 (2)
塔身は安山岩製で、中央に大日如来を表す種子(梵字)と円形に近い蓮華座が刻まれている。

地元では大正寺跡と呼ばれている場所なので、もともとは大正寺というお寺があったらしい。板碑の北側には、道を挟んで墓地がある。

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伊勢崎市波志江町の岡屋敷の阿弥陀三尊石仏。

岡屋敷の阿弥陀三尊石仏 (1)
岡屋敷の阿弥陀三尊石仏 (2)
岡屋敷の弥陀三尊石仏は、凝灰岩製で総高96cm。舟形光背の正面に阿弥陀如来坐、両側に勢至菩薩、観音菩薩の脇侍を配する。紀年銘はないが、石材や彫刻の手法から鎌倉時代末(14世紀初頭)の造立と推定される。

伊勢崎市内では、上植木本町の建長石仏に次ぐ時期の石仏である。
(建長石仏は「伊勢崎・上植木の建長石仏」参照)

造立年代を考えると、原形を非常によくとどめている。このことから古くから屋内(覆屋)に安置されてきたと考えられる。当地での浄土信仰の普及を示すものである。

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伊勢崎市大正寺町の豊武神社。

豊武神社 (1)
豊武神社 (2)
豊武神社は元和2年(1616年)八幡神社として創建された。火災により古記録が焼失したため詳細は不明。

豊武神社 (3)
豊武神社 (4)
豊武神社 (5)
明治42年(1909年)に、大正寺・下道寺(げどうじ)・富塚・除ヶ(よげ)・下福島の各地区神社を合祀。その内、富塚・除ヶ・大正寺・下道寺の頭文字から「とよたけ」神社と命名されたという。

ちなみにこのとき合祀された八郎神社は、後の昭和45年(1970年)に分祀されている。(「群馬八郎満胤がご祭神 -八郎神社-」参照)

豊武神社 (6)
豊武神社 (7)
境内社の豊武天満宮。

豊武神社 (8)
豊武神社 (9)
豊武神社 (10)
同じく境内社の衣笠稲荷神社。社殿は昭和44年(1969年)の建立。社殿内に神像が2体安置されているが、よく分からない。その前にある狐像(だと思われる)の首がないのが怖い。

豊武神社 (11)
社殿裏にある五輪塔(不完全)。除ヶ町西部一帯には、かつて五輪塔が数多くあったが、大正時代の耕地整理でその多くは失われ、唯一残った1基が豊武神社に移されたという。

豊武神社 (12)
ご神木の椋の木。樹齢300年といわれる。

昔、当地で疫病が流行した際、霊夢のお告げにより当社の竹弓を各戸の戸口に懸け祈願したところ、氏子衆から感染者はひとりも出なかった。このことから「弓矢八幡の神」として弓術者の信奉が厚い。

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伊勢崎市大正寺町の大聖寺墓地の宝篋印塔。

大聖寺墓地の宝篋印塔 (1)
大聖寺墓地の宝篋印塔 (2)
明治初年に廃寺となった大聖寺の墓地に宝篋印塔群がある。その内、写真右の2基が伊勢崎市の重文になっている。

2基とも総高190cmで、基礎の輪郭が2区に分けられ、それぞれに格狭間が彫られている関東型と呼ばれる形式。年代を示す銘はないが、その特徴(複弁の反花や隅飾突起など)から南北朝期のものと考えられる。

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前橋市(旧郡部を除く)

前橋市総社歴史資料館
前橋市総社町・立石諏訪神社
前橋市総社町・熊谷稲荷神社
総社町の総鎮守 -総社神明宮-
前橋市小屋原町・稲荷神社
八咫鏡を作った石凝姥命を祀る -鏡神社-
前橋市東大室町・大室神社
大室城本丸跡に鎮座 -大室神社-
大胡城主・牧野康成の開基 -湯清寺-
国定忠治の愛妾・お徳の旧家屋 -観昌寺 その2-
大室太郎の墓 -観昌寺-
笂井町の氏神様 -笂井近戸神社-
前橋市・稲荷新田の薬師さま
前橋市亀里町・阿内宿の石幢
軍神・岩佐直治中佐の墓 -松竹院-
室町時代の鰐口 -東福寺-
前橋市最古の六地蔵石幢 -正法寺-
前橋市上青梨子町・淡島神社
前橋市青梨子町・菅原神社
「関東の名工」小林源太郎の彫刻 -植野稲荷神社-
天狗岩用水開削時の丁間台 -丁間稲荷神社-
高須隼人の墓 -正幸寺 その2-
慈覚大師の創建 -禅養寺-
歴代前橋藩主の崇敬社 -山王日枝神社-
石造阿弥陀如来三尊像 -後閑円満寺-
前橋市上大島町・近戸神社
百番観音 -浄土院-
前橋市・公田の岩舟地蔵
前橋市・小島田の阿弥陀如来坐像
群馬県最古の供養碑 -小島田の供養碑-
前橋市・江木の宝塔
前橋市江木町・六所神社
津久井磯の遺徳碑 -隆興寺 その2-
前橋公園の「楫取素彦と松陰の短刀」銅像
旧普蔵寺供養塔 -最善寺 その2-
前橋市・今井神社古墳
前橋市・富田の宝塔
前橋市・正円寺古墳
上州七福神・福禄寿を祀る -正円寺-
前橋市・桂萱大塚古墳
前橋城の鬼門除け -早虎稲荷神社-
前橋市・片貝能満虚空蔵地蔵尊
片貝神社の太々神楽 -片貝神社-
平敦盛の供養塔 -泉蔵寺-
赤い御霊石伝説 -小石神社-
「おくまんさま」の三つ足八咫烏石 -前橋市・熊野神社-
佐藤垢石の碑
お沓の言い伝え -前橋市・上新田雷電神社-
前橋市・鳥羽の大日如来および笠塔婆
応永の宝塔 -大福寺-
青栁大師 -龍蔵寺-
石田玄圭の墓
養蚕神楽 -春日神社-
「生糸のまち前橋」の近代化遺産 -旧安田銀行担保倉庫-
前橋市出身の英霊を祀る -厩橋護国神社-
日本最初の製糸工場 -前橋製糸場跡-
楫取素彦・寿夫妻の発願 -清光寺-
筑波山信仰 -無量寿寺-
前橋市日輪寺町・菅原神社
十一面観音伝説 -日輪寺-
魚遊寺伝説 -乗明院-
伝教大師・最澄の創建 -善光寺-
意外と怖い長壁神 -長壁神社-
静御前のお墓??
酒井重忠の建立 -観民稲荷神社-
市街地の発電所 -柳原発電所-
御真影御里御坊 -妙安寺-
赤穂浪士・矢頭右衛門七の母の墓 -大蓮寺-
広瀬川 白く流れたり -広瀬川遊歩道-
徳川家康の8男・仙千代を祀る -正幸寺-
酒井忠世の開基 -隆興寺-
松平直矩の開基 -永寿寺-
新田義貞の首塚? -新田塚古墳-
新田義貞の首級を持ち帰った(?)「覚明」の墓 -宝禅寺-
神明宮の外宮? -前橋千代田・稲荷神社-
太田道灌の建立?? -前橋千代田・神明宮-
酒井重忠所縁の寺 -源英寺-
前橋公園の日本庭園
学校院若王子大明神 -御霊神社-
中臣羽鳥連の墓 -釈迦尊寺-
名馬「磨墨」の蹄がご神体 -駒形神社-
大坂戦籠城之図 -前橋文学館 その2-
萩原朔太郎記念・水と緑と誌のまち前橋文学館
前橋厄除け大師 -蓮華院-
総社神社の別当寺 -徳蔵寺-
上野国府跡? -宮鍋神社-
名馬・磨墨の墓 -祝昌寺-
前橋市・金冠塚古墳
前橋市・亀塚山古墳
前橋市・天神山古墳
前橋市・天川二子山古墳
前橋市総社町・遠見山古墳
前橋市総社町・愛宕山古墳
鎌倉坂伝説 -善勝寺-
酒井忠世家臣・本城氏の墓 -長昌寺-
初代前橋市長・下村善太郎の墓 -龍海院 その2-
白鳳時代の大伽藍寺院跡 -山王廃寺跡-
松平(直基)家の崇敬社 -前橋東照宮-
復活のイエス -前橋聖マッテア教会-
群馬初のカトリック教会 -前橋カトリック教会-
群馬初の公会堂 -群馬会館-
昭和時代の群馬の顔 -群馬県庁昭和庁舎-
江戸時代の年貢貯蔵庫 -上泉郷蔵-
剣聖・上泉信綱の墓 -西林寺-
安産の神様と巨石群 -産泰神社-
石川氏の墓 -最善寺-
前橋・大室公園 その6 -旧関根家住宅-
前橋・大室公園 その5 -前二子古墳-
前橋・大室公園 その4 -中二子古墳-
前橋・大室公園 その3 -後二子古墳-
前橋・大室公園 その2 -小二子古墳-
前橋・大室公園 その1 -M・1号古墳-
赤城神社 その3 -二宮・赤城神社-
前橋・八幡山古墳
単層四脚の総門 -大徳寺-
常盤御前のお墓? -極楽寺-
静御前のお墓? -養行寺-
上野国の総鎮守 -総社神社-
初めて見たオリンピックのメダル -総合スポーツセンター・スポーツ資料館-
岩神の飛石 -岩神稲荷神社-
お虎が淵伝説 -虎姫観音-
のんびり散策 その2 -敷島公園・ばら園-
のんびり散策 -敷島公園-
お艶のその後・・・ -お艶が岩/お艶観音-
淀君のお墓? -元景寺-
上毛野田道の墳墓? -蛇穴山古墳-
秋元氏歴代の墓所 -宝塔山古墳-
秋元氏の菩提寺 -光巌寺-
徳川譜代・酒井家の菩提寺 -龍海院-
明治時代の迎賓館 -臨江閣-
水道タンクと資料館 -前橋市水道資料館-
ネコも入りたがる記念館 -萩原朔太郎記念館-
あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-

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上州まったり紀行の中から「博物館・資料館・テーマパーク」に関するものをリスト化したもの。博物館・資料館は、展示が主目的のところが対象。(付属的に資料が展示してあるところは除く)


前橋市(旧郡部を除く)

前橋市総社歴史資料館
前橋文学館 その2
水と緑と誌のまち前橋文学館
総合スポーツセンター・スポーツ資料館
前橋市水道資料館
萩原朔太郎記念館
前橋蚕糸記念館


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

粕川歴史民俗資料館
赤城山総合観光案内所


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

華蔵寺公園遊園地
玉村町歴史資料館
伊勢崎市赤堀歴史民俗資料館
相川考古館


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

渋川市埋蔵文化財センター
群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館 その2
卯三郎こけし
おもちゃと人形 自動車博物館
群馬県埋蔵文化財調査センター・発掘情報館
群馬県埋蔵文化財調査センター(甲を着た古墳人)
渋川市赤城歴史資料館
榛東村耳飾り館
渋川市北橘歴史資料館


高崎市(旧郡部を除く)

群馬県立歴史博物館(企画展とテーマ展示)
群馬県立歴史博物館(リニューアル後)
群馬県立歴史博物館
高崎市美術館
中曽根康弘資料館
山徳記念館
洞窟観音
高崎市歴史民俗資料館
観音塚考古資料館
群馬県立歴史博物館


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

榛名公園ビジターセンター
高崎市榛名歴史民俗資料館
吉井郷土資料館
土屋文明記念文学館
日本絹の里
多胡碑記念館


安中市

世界乗物館(龍昌寺)
おぎのや資料館
碓氷峠鉄道文化むら
和宮資料館
旧碓氷郡役所
安中ふるさと学習館


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

富岡市郷土館
甘楽古代館(再訪)
群馬県立自然史博物館
岡部温故館
こんにゃく博物館
甘楽古代館
下仁田町ふるさとセンター歴史民俗資料館
甘楽町歴史民俗資料館


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

高山社情報館
藤岡市体験学習館MAG(マグ)
藤岡歴史館 その2
全国郷土玩具館
上野村森林科学館
神流町恐竜センター
地すべり資料館
藤岡歴史館


太田市(旧郡部を除く)

大隅俊平美術館
高山彦九郎記念館


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

藪塚本町歴史民俗資料館
ジャパンスネークセンター
三日月村
新田荘歴史資料館
縁切寺満徳寺資料館


桐生市

ぐんま昆虫の森
桐生が岡遊園地
桐生が岡動物園
桐生織物記念館
相澤忠洋記念館
桐生自動車博物館


みどり市

陶器と良寛書の館
富弘美術館
岩宿博物館
童謡ふるさと館
旧花輪小記念館
野口水車保存館
大間々博物館


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

大泉町文化むら・民俗資料館
大泉町文化むら・埋蔵文化財常設展示室
向井千秋記念 子ども科学館
館林市第1資料館
田山花袋記念文学館・館林市第2資料館


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

永井宿郷土館
猿ヶ京関所跡
名胡桃城址資料館
川場村歴史民俗資料館
生方記念資料館
奈良俣ダム・ヒルトップ奈良俣
雲越家住宅
奥利根民俗集古館
相俣ダム情報館
みなかみ町水上歴史民俗資料館
水紀行館
月夜野びーどろパーク
須川宿資料館
月夜野郷土歴史資料館
山岳資料館
茂左衛門資料館


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

ぐんま天文台
八ッ場ダム広報センター・やんば館
ロックハート城 その3
ロックハート城 その2
ロックハート城
草津ビジターセンター
片岡鶴太郎美術館
草津中和工場
草津熱帯園
草津温泉資料館
ベルツ記念館
ベースボールスター博物館
伊参スタジオ公園
薬王園
歴史と民俗の博物館Musee(ミュゼ)
嬬恋郷土資料館
浅間火山博物館
鬼押出し園

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前橋市総社町総社の総社歴史資料館。

総社歴史資料館 (1)
総社資料館が老朽化(耐震上の問題)し休館していたが、平成28年(2016年)に現在地へ移転、新築の総社歴史資料館としてオープンした。

1Fは「山王廃寺」や「総社古墳群」、「総社藩主・秋元氏」関連の展示。
総社歴史資料館 (2)
総社歴史資料館 (3)
大正時代初めに塔の心柱を支える塔心礎が偶然発見され、東日本を代表する古代の寺院であったことが分かった山王廃寺。

総社歴史資料館 (4)
総社歴史資料館 (5)
総社歴史資料館 (6)
総社歴史資料館 (7)
「放光寺」の文字瓦や軒丸瓦などは実物が展示されている。

放光寺は世界遺産「上野三碑」のひとつである山ノ上碑の碑文に登場する。山ノ上碑は天武天皇10年(681年)の建碑で、完全な形の碑では日本最古とされる。山ノ上碑は放光寺の僧・長利が、亡母の黒売刀自を供養するとともに、一族の系譜を記した墓誌。山ノ上碑の隣にある山ノ上古墳の被葬者が黒売刀自。

放光寺に関しては諸説あったが、山王廃寺から文字瓦が出土したことから、現在では放光寺=山王廃寺と推定されている。

関連
 「祝・世界記憶遺産登録 上野三碑再訪
 「白鳳時代の大伽藍寺院跡 -山王廃寺跡-

総社歴史資料館 (8)
総社歴史資料館 (9)
宝塔山古墳の家形石棺(レプリカ)とその破片(実物)。

総社歴史資料館 (10)
総社歴史資料館 (11)
総社二子山古墳出土の頭椎太刀と遠見山古墳出土の馬形埴輪。

2Fは古代から現代までの生活に関する展示。
総社歴史資料館 (12)
総社歴史資料館 (13)
総社歴史資料館 (14)
総社歴史資料館 (15)
農耕機具、養蚕器具、鍋の歴史、計量器具など。

総社地区はある意味、歴史の宝庫なので見応えがある。

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前橋市総社町植野の立石諏訪神社。

立石諏訪神社 (1)
立石諏訪神社 (2)
立石諏訪神社は文禄4年(1596年)総社藩主・諏訪頼水が上諏訪神社、下諏訪神社の2社を字元屋敷に勧請したのが始まりと伝わる。明治31年(1898年)利根川の洪水により下諏訪神社の社殿が崩壊・流出したため、明治32年(1899年)に上社・下社を合祀し、諏訪神社として現在地に遷座している。

立石諏訪神社 (3)
立石諏訪神社 (4)
立石諏訪神社 (5)
現在の社殿は平成26年(2014年)の新築。旧拝殿は上下両社を合わせたため、三間社の中央間をはさんで、東西に礼拝場を持つ特殊な構造であったという。

立石諏訪神社 (6)
参道には平成26年(2014年)氏子の皆さんが奉納した石灯籠が並ぶ。

立石諏訪神社 (7)
立石諏訪神社 (8)
成田山不動尊の石碑と不動明王像。

立石諏訪神社に伝わる獅子舞は前橋市の重要無形民俗文化財に指定されており、毎年秋の例祭時に奉納される。一人立ちの三頭の獅子とカンカチの計4人による豪快な舞。獅子頭の顎紐を修理した際、内部から「壬正徳弐歳」と書かれた布が見つかっており、正徳2年(1712年)には既に行われていたと考えられる。

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前橋市総社町総社の熊谷稲荷神社。

熊谷稲荷神社 (1)
熊谷稲荷神社 (2)
熊谷稲荷神社は宝暦6年(1709年)、熊谷(埼玉県)の稲荷神社の分霊を勧請したといわれる。それ以前から神社があったようだが詳細は不明。

熊谷稲荷神社は大小路古墳(総社7号墳)の墳丘上に建つ。大小路古墳は直径約20m、高さ2mの円墳。

熊谷稲荷神社 (3)
社殿は光厳寺東北の紅葉山の日枝神社を移築したといわれ、桃山時代の様式をもつ。

熊谷稲荷神社 (4)
昭和2年(1927年)銘の絹笠大神。

熊谷稲荷神社 (5)
多数のお地蔵さん(?)。風化していてよく分からない。

創建にまつわる逸話を少し。
寛永10年(1633年)に総社藩主・秋元泰朝が甲斐谷村へ移封となり、総社藩は廃藩となった。その後は高崎藩(安藤重長)の領地となり、安藤重長は3男・重富(重常とも)に総社を与え、重富は高田弥兵太を代官として総社を管理させた。

重富、高田は重税を課したため農民は困窮し、遂には宝暦6年(1709年)幕府への直訴に及んだ。その際、直訴代表は捕らえられたが、熊谷の稲荷神社で祈願したところ、訴えが認められ死罪も免れることができた。これらは稲荷神社のご加護によるとし、稲荷神社を勧請し熊谷稲荷神社と改称したという。

訴えが認められた裏には、老中・秋元喬朝(泰朝の子・富朝の養嗣子)の援助があった。秋元氏は藩主時代の善政も含め、総社に於いて崇敬されている。

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前橋市総社町総社の神明宮。総社大神宮、粟島大神宮とも呼ばれる。

総社神明宮 (1)
総社神明宮 (2)
総社神明宮は慶長9年(1604年)総社藩主・秋元長朝が伊勢神宮を勧請し創建。総社城の大手門西にあたる。

総社神明宮 (3)
伊勢神宮の遙拝殿。天明8年(1788年)に外宮、寛政3年(1791年)には内宮の遙拝殿を造営した。遙拝殿は12本の丸柱の門構えの特殊な構造となっている。現在の遙拝殿が当時のものかなどは分からない。

総社神明宮 (4)
総社神明宮 (5)
社殿は平成24年(2012年)に改修が行われている。

総社神明宮 (6)
百番供養塔、六十六部供養塔。百番供養塔は100ヶ所の札所を巡礼した記念塔。一般的には西国33札所、坂東33札所、秩父34札所の組合わせが多い。六十六部供養塔は、全国六十六ヶ国の霊場に大乗妙典(法華経)を奉納することを目的とした巡礼の記念塔。

総社神明宮 (7)
総社町道路元標。大正9年(1920年)に道路法の規定により道程の基準点として設置されたもの。

総社は総社城の城下町であり、佐渡奉行街道の宿場町でもあった。本陣、脇本陣、問屋が置かれ、安永2年(1773年)には曽我家(問屋)へ高山彦九郎が宿泊している。

ところで、総社神明宮は境内のほぼ全域が月極駐車場になっており、興醒めもいいところ。いろいろ事情はあるのだろうが・・・。

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前橋市小屋原町の稲荷神社。

小屋原稲荷神社 (1)
小屋原稲荷神社 (2)
小屋原稲荷神社は慶長年間(1596~1615年)に、住民が農作物の豊作が続くこと、住民が安心して暮らせるようにと創建したという。

小屋原稲荷神社 (3)
二ノ鳥居は平成25年(2013年)の建立。

小屋原稲荷神社 (4)
小屋原稲荷神社 (5)
小屋原稲荷神社 (6)
小屋原稲荷神社 (7)
社殿は創建と同時に造営され、その後宝暦8年(1758年)に改修されている。現在の社殿は昭和11年(1936年)の建立。

小屋原稲荷神社 (8)
小屋原稲荷神社 (9)
「多野叶山貫通石」というものがあった。石に貫通穴が開いていることから「初志貫徹」「難関突破」「祈願成就」の御利益があるパワースポットだという。多野叶山とは、多野郡神流町の叶山のことだろうか。

ちなみに、神流町の叶山は石灰を産出するので、現在も石灰鉱山として稼働している(秩父太平洋セメント)。石灰岩が雨などの浸食で穴が開いたのを、縁起の良い石としているってことかな。

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高崎市下里見町の城山稲荷神社。

城山稲荷神社 (1)
城山稲荷神社 (2)
城山稲荷神社は里見城の鬼門除けとして創建された。里見城は新田義重の庶長子・義俊の築城と伝わる。義俊の没年は嘉応2年(1170年)とも元久元年(1204年)ともいわれているので、城山稲荷神社の創建は平安末ころと思われる。

城山稲荷神社 (3)
城山稲荷神社 (4)
稲荷神社らしく、多数の鳥居が奉納されている。

城山稲荷神社 (5)
参道には多くの歌碑が並ぶ。氏子さんなのか、地元の歌人なのか分からないが。

城山稲荷神社 (6)
城山稲荷神社 (7)
城山稲荷神社 (8)
里見氏が断絶(里見義実が安房に落ち延び安房里見氏の祖となったとされる)すると、城山稲荷神社も衰退し石宮を残すのみとなっていたが、昭和13年(1938年)に地元の方々が社殿を建立している。

その後、昭和49年(1974年)に発生した土砂崩れにより社殿は崩壊、昭和52年(1977年)に現在の社殿が再建されている。

城山稲荷神社 (9)
城山稲荷神社 (10)
社殿裏からすぐの所に奥の院がある。奥の院は昭和49年(1974年)の土砂崩れの被害を免れている。

城山稲荷神社 (11)
城山稲荷神社 (12)
境内の長寿地蔵尊、通称「ぴんころ地蔵」。地域住民の方々への感謝の気持ちと健康長寿を祈念し建立されたもの。まだ新しい。その名の通り、寝込まずに往生してほしいとの願いが込められていいる。

同様のものに「ぽっくり◯◯」というのもあるね。

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高崎市吉井町下長根の小野小町の休み石。

小野小町の休み石と姫街道安全地蔵尊 (1)
小野小町の休み石
小野小町が故郷の出羽国(現在の秋田県湯沢市)へ帰る途中に、池を見ながら腰を降ろして休んだ石といわれる。

富岡市小野地区にも小野小町の伝承があり、いずれも出羽国へ帰る途中のこと。吉井を経由し富岡方面に向かったということになるのかな。小町は富岡で病を患い、小庵を設け治療と仏道の日々を送ったことになっている。ちなみに小野地区の名称は小野小町から来ているとされる。

小野小町関連
 「小野子の町の開基 -得成寺-
 「小野小町所縁の薬師様 -小野の塩薬師-

姫街道安全地蔵尊
隣のお地蔵様は「姫街道安全地蔵尊」。地蔵尊が面している国道254号線は交通量が多く、過去から悲惨な交通事故が度々発生し、その供養と交通安全を祈念し平成23年(2011年)に建立された。

「上州姫街道」とは国道254号線の江戸時代の名称。中山道の裏街道として、藤岡市から吉井町・甘楽町・富岡市・下仁田町を経由し長野県に至る(下仁田道とも呼ばれる)。

確かに、吉井町の中心から西(甘楽町・富岡市方面)へ向かう当地は、道幅も狭く大型車の通行も多い場所。よく通る道だが、常に交通量が多いという印象がある。

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高崎市吉井町多比良の石造薬師如来坐像。

西深沢の薬師如来坐像 (1)
西深沢の薬師如来坐像 (2)
多比良地区西深沢の墓地内に石造薬師如来坐像が2体安置されている。どちらも牛伏砂岩製で、その特徴から南北朝期の作と考えられている。

向かって左像は、総高78.5cm、像高47.5cm。左手に薬壺を持ち、膝の張りが大きく蓮座は薄い。右像は総高65cm、像高45cm。左像同様、左手に薬壺を持ち膝張りは大きい。光背の一部が欠損している。

実はこの墓地に親戚のお墓がり、子どものころお墓参りに来た記憶がある。上信越自動車道開通時(平成5年:1993年)、一部用地として転用され狭くなっており、昔の記憶と違っている。当然、石仏のことなど子ども心にはまったく残っていない。

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上州まったり紀行の中から「古墳・遺跡」に関するものをリスト化したもの。古墳に行くのが(見学するのが)主目的でない場合も含んでるけどね。


前橋市(旧郡部を除く)

今井神社古墳
正円寺古墳
桂萱大塚古墳
新田塚古墳
金冠塚古墳
亀塚山古墳
天神山古墳
天川二子山古墳
遠見山古墳
愛宕山古墳
荒砥富士山古墳
大室公園・前二子古墳
大室公園・中二子古墳
大室公園・後二子古墳
大室公園・小二子古墳
大室公園・M-1号古墳
八幡山古墳
蛇穴山古墳
宝塔山古墳
総社二子山古墳・保渡田二子山古墳


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

鏡手塚古墳
壇塚古墳
堀越古墳
上庄司原2号古墳&4号古墳
上庄司原1号古墳
九十九山古墳


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

東村46号墳跡
丸塚山古墳
十二所古墳
玉村町15号墳
一ノ関古墳
台所山古墳石棺
梨ノ木山古墳
お富士山古墳
雷電神社古墳
鶴巻古墳
権現山
軍配山古墳


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

いなり塚古墳
中ノ峯古墳
八木沢清水縄文時代住居跡
金井古墳
小室敷石住居跡
将軍塚古墳
虚空蔵塚古墳
中筋遺跡
黒井峯遺跡
滝沢古墳
三津屋古墳
南下古墳群・E号古墳&F号古墳
南下古墳群・C号古墳&D号古墳
南下古墳群・B号古墳
南下古墳群・A号古墳
滝沢石器時代遺跡


高崎市(旧郡部を除く)

漆山古墳
五霊神社古墳
桜塚古墳
少林山薬師塚古墳
少林山天頭塚古墳
八幡原A号及びB号石槨
剣崎長瀞西古墳
将軍塚古墳
上小塙稲荷山古墳
普賢寺裏古墳
不動山古墳
浅間山古墳
大鶴巻古墳
安楽寺古墳
三島塚古墳
若田原遺跡
観音塚古墳
山ノ上古墳
観音山古墳


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

多比良古墳(諏訪前古墳)
長井石器時代住居跡
恩行寺古墳
南高原1号古墳
片山1号古墳
金古愛宕山古墳
御穴塚古墳
多胡薬師塚古墳
保渡田薬師塚古墳
保渡田八幡塚古墳
総社二子山古墳・保渡田二子山古墳


安中市

龍的塚古墳
簗瀬二子塚古墳


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

高瀬26号古墳
粘土山古墳
伊勢塚古墳
太子堂塚(旅寝塚)古墳
北山茶臼山古墳
天王塚古墳
田篠しの塚古墳
堂山稲荷古墳
笹森古墳


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

原古墳
胴塚稲荷古墳
霊符殿古墳
諏訪古墳
戸塚神社古墳
平地神社古墳
中大塚縄文時代敷石遺構
平井地区1号古墳
皇子塚古墳
譲原石器時代住居跡
伊勢塚古墳
白石稲荷山古墳
七輿山古墳


太田市(旧郡部を除く)

巌穴山古墳
稲荷山古墳
塚廻り古墳群第4号古墳
茶臼山古墳
茶臼山古墳


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

長楽寺遺跡1号墳跡
中原生品神社・敷石住居跡
長円寺古墳
北山古墳
西山古墳


桐生市

愛宕塚古墳
天神古墳
中塚古墳
普門寺遺跡


みどり市

岩宿遺跡


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

筑波山古墳
米山薬師古墳
堂山古墳
古海原前1号古墳
城之内古墳
山王山古墳


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

梨の木平敷石住居跡
深沢遺跡配石遺構
矢瀬遺跡


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

四戸の古墳群
中山敷石住居跡

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