Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

訪問ありがとうございます。クリックしてもらえるとうれしいです♫ ⇒

Tigerdreamのまったりとスペシャル系」もよろしく! 


みどり市笠懸町西鹿田の久永山長昌寺。

長昌寺 (1)
長昌寺は天元元年(978年)慶範和尚の開山と伝わる。その後、寛永2年(1625年)に忠慶和尚の開山、当地領主の旗本・久永源兵衛重勝の開基で中興されている。創建から中興までの期間が長く、またその間の資料もなく、創建に関しては不明な点が多い。

長昌寺 (2)
長昌寺 (3)
本堂は天保11年(1841年)に焼失、同15年(1845年)の再建。昭和62年(1987年)に大改修が行われている。

天保の火災により、当時の住職は7日間の「遠慮」という処罰を受けたとの記録が残っている。「遠慮」とは江戸時代の軽微な刑罰。現在の「謹慎」かな。

長昌寺 (4)
長昌寺 (5)
境内の大日堂。大日如来を祀る。由緒は不詳だが、境外にあったものを明治期以降に合併、境内に移している。

長昌寺の墓地には2基の古墳がある(長昌寺A号墳・B号墳)。
長昌寺 (6)
A号分は径17m、高さ2.5mの円墳で、7世紀前半の築造と推定される。墳丘を囲むように石仏や庚申塔が多数並べられている(もちろん後世の手による)。

長昌寺 (7)
墳丘上には五輪塔、層塔がある。

長昌寺 (8)
B号分は径20m、高さ2mの円墳で、6世紀後半の築造と推定される。

長昌寺 (9)
墳丘は削平されており、歴代住職の墓になっている。

地方を領有している旗本って、領地からむしり取るイメージしかなかったが、久永氏は長昌寺を開基しただけでなく、脇差し一振りを寄進している。その脇差しはみどり市の重文になっている。

このエントリーをはてなブックマークに追加


みどり市笠懸町西鹿田の西鹿田中島遺跡。

西鹿田中島遺跡 (1)
西鹿田中島遺跡は縄文時代草創期(約1万3千年前)の集落遺跡。東日本における縄文時代の定住生活や、その具体的な内容を知る上で重要な遺跡として、平成16年(2004年)に国の史跡に指定されている。

現在は「西鹿田中島遺跡史跡公園」として整備されている。

西鹿田中島遺跡 (2)
西鹿田中島遺跡 (3)
集中部Cと土坑群との解説板があった。知識がなくよく分からないが、集中部Cと呼ばれる場所からは、長脚鏃(ちょうきゃくぞく:やじりの一種)などが見つかっている。

75号土坑(写真)はフラスコ型で、木の実などの貯蔵に適した形をしているという。

西鹿田中島遺跡 (4)
第11号住居跡。ここからは多縄文系土器や石鏃を作った時の未製品の石くずが見つかっている。

西鹿田中島遺跡 (5)
西鹿田中島遺跡 (6)
西鹿田中島遺跡 (7)
立派なガイダンス施設もある。史跡公園の来場者が休息できたり、西鹿田中島遺跡についてより深く学習できるよう史跡の解説、出土品や縄文時代草創期の景観を復元した展示模型、史跡の解説映像などが置かれている。

実際には中に入っていないので、中の写真はみどり市のHPから拝借してます。

西鹿田中島遺跡 (8)
遺跡から見た赤城山。赤城山は縄文時代には噴火も収まり、現在とほぼ同じ形状(裾野など)をしていたと考えられるので、縄文の人々もこの赤城山をみていたのかなぁ。なんて考えると感慨深い。

このエントリーをはてなブックマークに追加


みどり市笠懸町西鹿田の中島の薬師如来。

中島の薬師如来 (1)
中島の薬師如来 (2)
中島地区の薬師堂内に2基の薬師如来が祀られている。

中島の薬師如来 (3)
向かって左の薬師如来像は、安山岩製で像高46cmの半肉彫坐像。光背上部は欠損している。右手を上げ掌を外側に向けた施無畏印を結び、左手には薬壺を持っている。戦国時代の造立と考えられ、みどり市指定の重要文化財となっている。

右側の薬師如来については情報がなく分からない。見た目の感じとして、もう少し造立年代は新しいようだ。

2基の薬師如来は目(眼)の神様として、地域の人々の信仰を受けている。

このエントリーをはてなブックマークに追加


気がついたらPV数が100万回を超えていた。2010年にブログを開設して以来、もうすぐ丸10年。訪問していていただいた方々のおかげです。

巷の人気ブログのように1万PV/日なんて訳にはいかないが、コツコツ積み上がった数値には満足感がある。まあ、PV数などはオレの自己満でしかないのは良く分かっているけどね。

途中でOCNブログからライブドアブログに引っ越しをしているので、正しい数字ではないかもしれないが、それでもよくここまでと思う。それにブログを10年続けられているということも、自分としては驚きではある。

もともとは「まったりとスペシャル系」としてスタートし、2015年にその中の「上州まったり紀行」「上毛かるた紀行」を分離・独立させ、「上州まったり紀行」として再編したもの。PVカウントは「上州まったり紀行」で引き継いでいる。

「上州まったり紀行」分離後の「まったりとスペシャル系」も存続させており、それなりに記事を更新している。「Tigerdream のまったりとスペシャル系

これからも群馬県各地の神社仏閣、古墳・遺跡、史跡などを訪問・紹介していくので、よろしくお願いします。

このエントリーをはてなブックマークに追加


みどり市

大和郡山藩主・本多政長夫妻の菩提を弔う ー長寿院ー
みどり市笠懸町・岩松山地蔵院
みどり市笠懸町・臥龍庵
二子山のご本尊ではないけど・・・ -寝釈迦像-
貧乏神・疫病神追放神社 -招福神社-
みどり市東町・太郎神社
プロモ動画があります -正福寺-
桐原地区の鎮守様 -八宮神社-
みどり市大間々町・遠之久保稲荷神社
梵字を刻んだ種子六尊の庚申塔 -みどり市・日輪寺-
弘法大師の開創 -南光寺-
柿薬師 -光栄寺-
古代人が闊歩した野山? -岩宿の里-
松島家の菩提寺 -松源寺-
閉館時間を過ぎていた・・・ -陶器と良寛書の館-
水彩の詩画を通して生命の尊さを語る -富弘美術館-
大間々・浅原の百観音
名誉県民・長谷川四郎元衆議院議員が眠る -世音寺-
はっきり言ってつまらない博物館 -岩宿博物館-
旧石器時代の存在を証明 -岩宿遺跡-
渡良瀬川・草木ダムと草木湖
童謡の父・石原和三郎 -童謡ふるさと館-
日本近代製鉄の父・今泉嘉一郎の生家
今泉嘉一郎の母校 -旧花輪小記念館-
珍しい水おみくじ -貴船神社-
未完成のお地蔵様 -角地蔵-
大間々・穴原薬師堂
樹齢1,000年(?)の大杉 -小平の大杉-
楠木正成の愛馬を供養? -岩穴観音-
大間々・庚申塔および大日如来像
岡登景能の墓 -国瑞寺-
江戸時代の年貢貯蔵庫 その2 -桐原郷蔵-
伝説の鍾乳洞? -小平鍾乳洞-
優雅に回る水車 -野口水車保存館-
山田氏および里見兄弟の墓
関東の耶馬溪 -高津戸峡-
大間々の鎮守 -大間々・神明宮-
コノドントって何? -大間々博物館-

このエントリーをはてなブックマークに追加


みどり市笠懸町阿佐美の高松山長寿院天龍寺。

長寿院 (1)
長寿院は室町時代の創建と伝わる阿弥陀堂を当地に移し、延宝8年(1680年)阿弥陀堂住職・天龍禅師の開山、大和郡山藩主・本多家の開基。

長寿院の創建には次のような経緯がある。
延宝7年(1679年)大和郡山藩主・本多政長が死去。天龍禅師が本多家の江戸屋敷に奥方を訪ねお悔やみを申した際、奥方から政長を弔うため一堂を建立してくれと頼まれた。その上で、2尺余り(60cm強)の地蔵菩薩像を賜った。その奥方も政長の後を追うように同年に死去。

そこで阿弥陀堂を移し、政長の院殿号「高松院殿」、奥方の院殿号「長寿院殿」と天龍禅師の法名から「高松山長寿院天龍寺」とした。

本多政長は徳川四天王・本多忠勝の5世孫。奥方は土佐藩主・山内忠豊の娘。忠豊は有名な山内一豊の孫。天龍禅師は山内家と縁の深い湘南禅師の弟子。その関係で、天龍禅師は政長奥方にお悔やみを言いに行ったようだ。

長寿院 (2)
長寿院 (3)
長寿院 (4)
本堂は明和2年(1765年)の建立。寛政12年(1800年)、嘉永6年(1863年)などに改築・改修。もちろん以降も修築が行われている。昭和41年(1966年)に屋根を瓦葺きにしている。

本尊は阿弥陀如来。政長奥方から賜った地蔵菩薩像は、現在も本堂に安置されているという。写真ではよく分からないけど。

長寿院 (5)
歴代住職墓地にある開山・天龍禅師の墓。

長寿院 (6)
長寿院 (7)
長寿院 (8)
境内の竹沢薬師。由緒などは不明。以前は長寿院の東400mのところにあったが、寛政12年(1800年)に長寿院境内に移されている。厄除け薬師として地域住民から信仰されている。

このエントリーをはてなブックマークに追加


みどり市笠懸町阿佐美の岩松山地蔵院延寿寺。

地蔵院 (1)
地蔵院は寛文年間(1661~73年)南光寺4世・良栄上人が同寺境内にあった地蔵堂を移して開山。

南光寺は慶長年間(1596~1615年)に赤石永真が中興しているが、赤石氏は新田岩松氏の家臣であった。地蔵院の山号が「岩松山」なのは、地蔵院の創建にも赤石氏が開基的な役割を果たしているのではないだろうか。

地蔵院 (2)
地蔵院 (3)
境内入口に大きな不動明王像がある。「岩宿不動尊」とある。プレートに新田氏家紋の大中黒・新田一つ引が書かれている。

地蔵院 (4)
地蔵院 (5)
本堂は嘉永6年(1853年)に南光寺16世・螢幢上人が隠居する際に建立。この頃には地蔵院は南光寺住職の隠居寺となっていたようだ。

現在の本堂は平成17年(2005年)の新築建立。屋根の鴟尾が光り輝いている。

地蔵院 (6)
本堂前には宝塔、供養塔や石仏がまとめられている。

地蔵院 (7)
中央の宝塔は延享元年(1744年)の造立。

地蔵院 (8)
歴代住職の墓地。前列中央は開山の良栄上人。

天文年間(1532~55年)に岩松氏は横瀬氏(後の由良氏)の下克上にて没落したが、そのころ赤石氏の先祖・赤石筑後も横瀬氏によって金山城外で切腹させられたと伝わる。以降、赤石氏は当地に土着したと考えられる。

このエントリーをはてなブックマークに追加


みどり市笠懸町久宮(くぐう)の臥龍庵。

臥龍庵 (1)
臥龍庵は元禄9年(1696年)国瑞寺開山の独湛禅師の創建と伝えられる。ただ、独湛は天和元年(1681年)までには笠懸を離れているので、創建は国瑞寺2世・大梁和尚と考えられる。

臥龍庵 (2)
臥龍庵 (3)
臥龍庵 (4)
創建当初は質素な庵室のみであったが、宝暦8年(1758年)に久々宇村名主・高橋十兵衛が自分の所有地を提供し本堂を建立している。

「臥龍庵」以外に「四天王尊」の扁額も掛かっているが、享和元年(1801年)に四天王像を安置している。四天王は諸病を治す霊験があるとされ、参拝者が絶えなかったという。そのため従前地(字元庵)では手狭になったため、天保7年(1837年)に現在地(字西浦)へ移転している。

臥龍庵 (5)
本尊の観音菩薩像と四天王像。

臥龍庵 (6)
本堂脇の庚申塔や供養塔。

久々宇村は武州(埼玉県)本庄近郊の利根川沿岸にあり、利根川の氾濫に度々遭遇し難渋していた。そこで岡登景能が開発した笠懸野に希望者を移住させて、新たに笠懸野の「久々宇村」としたと伝えられている。埼玉・久々宇村は現在本庄市になっている。

寛文年間(1661~73年)の記録には「久々宇村」の名は見られないので、それ以降の臥龍庵創建(元禄9年)までに移住が進み、村が形成されたと考えられる。

久々宇村には阿弥陀堂があったが焼失してしまったため、村人が国瑞寺に臥龍庵の創建を依頼したという。移住してきて、何かと苦労があったと思われるので、何か信仰できるものが欲しかったと言うことかな。

このエントリーをはてなブックマークに追加


藤岡市、神流町、上野村

藤岡市鮎川・北野神社
藤岡市神田・五智山高倉寺
藤岡市金井・薬師堂
日野のお天狗 -上日野鹿島神社-
藤岡市下日野・瀧向山示春院
藤岡市上日野・実大山養浩院
血のり神社? -野宮神社-
平維盛の子・維基の末裔? 小柏氏の開基 -養命寺-
藤岡市上日野・大弘山千手院
義民・馬之助の墓 -興春寺-
行基作の不動明王像を祀る板倉不動尊 -大聖峯寺-
藤岡市下日野・弘法井戸
藤岡市金井・稲荷神社
藤岡市藤岡(芦田町)・神明宮
日本武尊の妃・弟橘媛の髪を祀る -乃久里神社-
大蛇の棲む滝 -龍神の滝-
上野村新羽・新羽神社
藤岡市譲原・子宝神社
藤岡市三波川・琴平神社
行基の開基 -堅固山金剛寺-
藤岡市三波川・子育日切地蔵尊
藤岡市三波川・妹ヶ谷不動尊
三波川村の総鎮守 -姥神社-
藤岡市保美濃山・抜鉾神社
藤岡市浄法寺・日枝神社
緑埜屯倉の守護 -御倉御子神社-
日本武尊伝説 -野栗神社-
室町幕府13代将軍・足利義輝の孫が開山? -光源院-
酒井雅楽頭忠清の念持仏 -立石寺-
藤岡市下栗須・稲荷神社
小林重義の守本尊を祀る -大慈悲山千手寺-
平井城の鬼門除け -美国神社-
奈良時代創建の古社 -高山御霊神社-
2つの白狐伝説 -金光寺-
藤岡市立石新田・伊勢島神社
武田信玄奉納の石灯籠(竿石) -御巡部神社-
高山社2代目社長・町田菊次郎の墓 -龍田寺-
神流町・鯉のぼり祭り
藤岡市・日航機事故の碑
藤岡市・清涼山西蓮寺
芦田康国の開基 -龍源寺-
赤穂浪士・神崎与五郎を祀る -与五郎殿-
新田義貞四天王・篠塚伊賀守重廣を祀る -篠塚神社-
芦田康勝の創建 -良信寺-
藤岡市岡之郷・温井熊野神社
藤岡市・無量山光蓮寺
芦田康勝の室・了源院の墓 -天龍寺-
日蓮の聖跡・長源寺跡 -祖師堂-
罔象女神を祀る -水宮神社-
藤岡市・神明山源水寺
藤岡市・天田山水宮寺
藤岡市・瑠璃光山西勝寺
葵御前伝説 -葵八幡宮 その2-
文覚上人の創建? -椿社神社-
藤岡市・小林山寿楽寺
藤岡市小林・大塔寺天満宮
失せ物稲荷 -藤岡市保美・稲荷神社-
藤岡市篠塚・道標付笠石四角塔
神流町・お蝶ヶ穴
石材のみの古墳 -原古墳-
藤岡市下戸塚・水沼神社
藤岡市中栗須・神明宮
藤岡市宮本町・子育て地蔵尊
立派な本殿彫刻 -土生神社-
天保4年の鳥居扁額 -丹生神社-
梶原景時の創建? -万場八幡宮-
255年間土中に埋まっていた銅鑼 -大林寺-
道忠禅師の供養塔 -浄法寺 その2-
藤岡市・高山社情報館
文永銘の板碑 -福持寺-
南毛観音霊場第三番札所 -浄雲寺-
藤岡市譲原・文明の板碑
木地師の墓 その2 -上野村・泉龍寺-
火渡りの護摩行 -中正寺-
木地師の墓 -上野村・宝蔵寺-
土屋山城守高久の墓
月舟宗胡の墨蹟 -東福寺-
二間社造りの本殿 -中山神社-
神流町・岩壺観音堂
丸岩のほとりに鎮座 -神流川鮎神社-
樹齢350年のしだれ桜 -龍松寺-
神流町・阿弥陀三尊画像板碑
弘法大師作の観音様? -藤岡・観音寺-
松井宗直の墓 その2 -光徳寺 その3-
松井宗直の墓 -源性寺-
緑埜精糸社跡
南毛観音霊場第8番札所 -藤岡市・大雲寺-
久しぶりに獅子舞を観た -藤岡市神田・浅間神社-
藤岡市保美・子育て地蔵尊
藤岡市・山崎の古碑(応永の板碑)
藤岡市・平成の道祖神
藤岡市山崎地区の鎮守様 -山崎神社-
藤岡市・天保飢饉の碑
延慶の板碑 -医光寺-
藤岡市東平井・秋葉神社
神流川の合戦の戦死者を祀る -胴塚稲荷神社-
吉良上野介の父・義冬の創建 -龍泉寺-
足腰守護の神仏 -藤岡市高山・子之権現宮-
山内上杉家の守り本尊・薬師如来を祀る -藤岡市高山・薬師堂-
鮎川の両岸に鳥居がある -地守神社-
参道真ん中を国道が横断する神社 -藤岡市白石・飯玉神社-
福島式桑刻機を発明 -福島元七顕彰碑-
高山社2代目社長・町田菊次郎生家
高山遠江守重栄の墓 -興禅院 その2-
高山長五郎の墓 -興禅院-
浅間山の火山灰を集めた丘に鎮座 -藤岡市保美・稲荷神社-
南蛮画・泰西王侯図 -満福寺-
藤岡市体験学習館MAG(マグ)
平井城から移築の山門 -藤岡市・光明寺-
ゼロ戦の生みの親・堀越二郎展 -藤岡歴史館-
藤岡市・霊符殿古墳
鬼が投げた石 -鬼石神社-
池泉式鑑賞庭園と言うけど・・・ -永源寺-
藤岡・諏訪神社と諏訪古墳
藤岡という地名の由来 -富士浅間神社-
道端に鎮座 -藤岡・平井七地蔵尊-
関東管領・山内上杉顕定の菩提寺 -常光寺-
関東管領・山内上杉氏ゆかりの神社 -藤岡・三嶋神社-
蝸牛石(だいろいし) -仙蔵寺-
藤岡・上杉乳母神社
山内上杉氏累代の墓 -円満寺-
瓦屋根の洋風建築 -旧多野会館-   
舟形石棺が保存されている -宗永寺-
巴御前ゆかりの聖観音 -一行寺-
小さな仏像がたくさん -金井千体仏-
涅槃釈迦像 -清見寺-
菊川英山の墓 -成道寺-
江戸時代の道標 -増信寺-
立派な土塁が残っている -芦田城(藤岡城)址-
算聖・関孝和の墓 -光徳寺 その2-
芦田氏の菩提寺 -光徳寺-
武田家家臣・長井正實の開基 -天陽寺-
神流町・閻魔大王像と奪衣婆像
神流川にゴロ~ン -丸岩-
上野村・全国郷土玩具館
3つの玄関がある旧家 -旧黒澤家住宅-
上野村森林科学館
江戸時代からの景勝地 -三波石峡-
520名の御霊を祀る -慰霊の園-
葵御前を祀る? -葵八幡宮-
藤岡・戸塚神社古墳
藤岡・平地神社古墳
浅間山・天明の大噴火の記録 -千部供養塔-
藤岡市中大塚・縄文時代敷石遺構
藤岡・平井地区1号古墳
藤岡・皇子塚古墳
義民・堀越三右衛門の墓
藤岡譲原・石器時代住居跡
秘仏(?)ご開帳! -虚空蔵堂-
美麗な石室 -伊勢塚古墳-
養蚕群馬の牽引者 -高山長五郎/高山社跡-
藤岡市本郷・埴輪窯跡-
日本三辻のひとつ -土師神社-
伝教大師ゆかりの寺 -浄法寺-
ただの川原? -蛇喰渓谷-
関東一の鍾乳洞 -不二洞-
恐竜の足跡!? -神流町恐竜センター-
珍しい資料館 -譲原・地すべり資料館-
関東管領・山内上杉氏の居城 -平井城址-
藤岡市・白石稲荷山古墳
藤岡市・七輿山古墳
藤岡市・吉良上野介の産湯を汲んだ井戸

このエントリーをはてなブックマークに追加


藤岡市鮎川の北野神社。

鮎川北野神社 (1)
鮎川北野神社の創建は不詳。

一の鳥居は平成7年(1995年)の建立。参道は西側に長く延びているが、途中から市道になっている。

鮎川北野神社 (2)
鮎川北野神社 (3)
一の鳥居から数百mほど離れたところに二の鳥居。二の鳥居は南面している。市道の拡幅工事のため、平成5年(1993年)に境内の一部を提供、二の鳥居の新築建立、境内の整備を行っている。

鮎川北野神社 (4)
鮎川北野神社 (5)
こじんまりとした社殿。拝殿内には関流の和算家・岸幸太郎一門が奉納した算額が残されている。拝殿の中にそれらしき額が見えたが、左側に掲示されておりよく分からなかった。

鮎川北野神社 (6)
鮎川北野神社 (7)
境内社。右の覆屋内には狐像があったので、稲荷社と思われる。

鮎川地区には獅子舞が伝承されており、北野神社の例祭時に奉納される。鮎川の獅子舞は天保年間(1831~45年)に伊勢から獅子頭などを購入し始まったといわれている。

このエントリーをはてなブックマークに追加


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

群馬五郎満行を祀る ー戸榛名神社ー
豊城入彦命の末裔・車持氏を祀る ー車持神社ー
高崎市箕郷町富岡・飯玉神社
高崎市箕郷町・道場山真福寺
高崎市井出町・意玉山大円寺
景行天皇の創建? ー井堤神社ー
長野業盛伝説 ー落合観音堂ー
高崎市箕郷町・慈眼山龍昌寺
高崎市箕郷町生原・厳島神社
高崎市箕郷町生原・原新田北野神社
閑院宮載仁親王殿下がご参拝 ー柏木沢八坂神社ー
高崎市箕郷町善地・駒寄神社
高崎市箕郷町善地・月波神社
高崎市箕郷町下芝・竜宮神社
高崎市箕郷町・下芝山万福寺
小林源太郎の社殿彫刻 ー生原北野神社ー
慈覚大師の開山 ー大獄山瀧澤寺ー
高崎市箕郷町・西うらの池と鴫上道祖神
高崎市箕郷町・白川陣屋跡
高崎市箕郷町松之沢・榛名若御子神社
高崎市箕郷町和田山・菅原神社
武田信玄のさかさ梅 -極楽院跡-
高崎市箕郷町和田山・熊野神社
高崎市箕郷町金敷平・大山祇神社
高崎市箕郷町東明屋・諏訪神社
高崎市箕郷町西明屋・東向八幡宮
堀部安兵衛築造の庭園? -妙福寺-
里見城の鬼門除け -城山稲荷神社-
高崎市吉井町・小野小町の休み石
高崎市吉井町多比良・西深沢の石造薬師如来坐像
高崎市吉井町・多比良古墳(諏訪前古墳)
新堀城主・多比良友定の創建 -多比良神社-
源義経・弁慶が参拝? -赤城若御子神社-
高崎市箕郷町・今宮八幡宮
高崎市箕郷町・向滝八幡宮
高崎市箕郷町・妙法山不動寺
義民・三木市右衛門の墓
高崎市吉井町・黒熊山延命寺
関東管領平井城の宝物城 -新堀城跡-
高崎市吉井町・瑠璃山普賢寺
義太夫界の大家・竹本百合太夫の墓
高崎市新町・藤木山龍光寺
高崎市新町・八坂神社
高崎市新町・笛木山専福寺
上野和田氏の館跡? -和田の館跡-
毘沙吐村(埼玉県)から遷座 -高崎市新町・諏訪神社-
義太夫節の太夫・竹本土佐太夫の墓
高崎市倉渕町・長井石器時代住居跡
高崎市上里見町・橋場の地蔵尊
長野業盛夫人・藤鶴姫の墓
祝・世界記憶遺産登録 上野三碑再訪
義民・堀越三右衛門、三木市右衛門を祀る -光心寺-
高崎市吉井町・馬庭の薬師堂
群馬県最古の笠塔婆 -安養寺跡の笠塔婆-
高崎市・本庄辻の地蔵尊
高崎市・西間野(猿落し)の磨崖碑
井伊直政の伯母・恵徳院の開基? -萬松寺-
高崎市箕郷町・松山寺
果売箱が狛犬代わり? -高崎下室田・大森神社-
高崎市中室田町・岩井堂
高崎市倉渕町・石上神社
高崎市倉渕町・榛名山座主の森
室田之滝不動 -高崎市室田・大福寺-
羊太夫を祀る その2 -多胡神社-
高崎市吉井町・恩行寺古墳
鎌倉時代の創建 -恩行寺-
長根氏の居城 -長根城址-
権田栗毛の観音像を祀る -岩窟観音-
大戸浦野氏の中興開基 -全透院-
高崎市吉井町・南高原1号古墳
高崎市吉井町・片山1号古墳
羊太夫が乗ってきた舟? -舟石-
高崎市・金古愛宕山古墳
高崎市吉井町・御穴塚古墳
羊太夫の龍馬伝説 -随雲寺-
高崎市吉井町・馬庭飯玉神社
吉井藩陣屋跡(春日社跡)
吉井藩主・菅沼定利の氏神 -吉井八幡宮-
福田赳夫元首相の銅像
高崎市吉井町・馬庭念流道場
利根川100景 -東谷渓谷-
高崎市吉井町・住吉神社
剣聖・塚原卜伝の勧請? -卜神諏訪神社-
延文の板碑 -折茂観蔵院-
萌え系絵馬 -白山神社-
長野業正の長男・吉業の墓 -善龍寺 その2-
箕輪城水の手曲輪 -法峰寺-
柏木沢の蚕影碑
由良国繁の墓? -箕郷町・金龍寺-
吉井町・小暮の穴薬師
天久沢陣城跡の石造地蔵菩薩坐像
武田信玄の陣城跡 -天久沢観音堂-
榛名富士に登ったぞ! ロープウェイでだけど
榛名公園ビジターセンター
木部姫伝説の井戸 -長年寺 その2-
木部姫伝説 -御沼オカミ神社-
細川興秋の末裔・長岡家の供養施設 -弥勒寺-
日本三妙見 -妙見寺/妙見社-
木曽義仲の父・源義賢の館跡 -多胡館跡-
火打金鍛冶職人・中野孫三郎の墓
高崎市新町・神流川合戦の供養塔
土師清大夫の墓 -浄泉寺-
元禄と享保の石鳥居が保存されている -高崎市新町・諏訪神社-
小林一茶も寄進 -新町宿見透し灯籠-
遊女奉納の絵馬 -高崎市新町・八幡宮-
大和郡山藩柳沢家2代・柳沢信鴻の継室の墓 -宝勝寺 その2-
小判供養塔 -宝勝寺-
高崎市新町・明治天皇行在所
遊女・於菊物語 -於菊稲荷神社-
福田赳夫元首相の墓 -徳昌寺-
高崎市榛名歴史民俗資料館
情緒のある佇まい -延命密院-
小串氏の墓所と南北朝時代の石仏 -地勝寺-
奥平氏発祥の地 -奥平神社-
多胡郡の総鎮守 -辛科神社-
吉井藩代官・橳島家3代の墓 -法林寺-
菅沼定利の墓 -玄太寺-
県内屈指の大伽藍 -仁叟寺-
義民・白田六右衛門の顕彰碑 -龍源寺-
吉井・多胡薬師塚古墳
里見城址に行ってきた?? -里見城址-
里見氏ゆかりの神社 -郷見神社-
里見義俊の菩提寺 -光明寺-
伝・権田栗毛 終焉の地
小栗上野介忠順 終焉の地  
井伊直政の開基 -龍門寺-
ちょっと荒れ過ぎ・・・ -石上寺-
石棺が剥き出しで保存されてます -保渡田薬師塚古墳-
立派な前方後円墳なんだけど・・・ -保渡田八幡塚古墳-
白岩観音 -長谷寺-
内藤塚 -善龍寺-
伝・長野業盛の墓
長野業正の墓 -長純寺-
長野氏累代の墓 -長年寺-
堀部安兵衛の設計・築造の庭園 -旧下田邸書院&庭園-
吉井藩陣屋の表門
吉井藩の歴史を勉強しました -吉井郷土資料館-
合併記念の碑だった -入野碑-
埋もれた名城 -箕輪城-
見晴らしはいいけど・・・ -吉井・牛伏山-
戦国時代に想いをはせる -神流川の合戦-
あれっ? 何でこんなに混んでるの? -榛名神社-
アララギ派って? -土屋文明記念文学館-
あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-
小栗上野介の墓 -東善寺-

このエントリーをはてなブックマークに追加


高崎市神戸町の戸榛名神社。

戸榛名神社 (1)
戸榛名神社 (2)
戸榛名神社は天応年間(781~82年)の創建と伝わる。往古は榛名神社と称していた。上野国神名帳記載の榛名大明神は当社とされる。ご祭神の群馬五郎満行が当地で善政を敷いたので、里民はその徳を感じ満行を祭祀したという。

また、満行が都に上洛していたとき、紫宸殿上に黒雲が湧き上がり雷鳴が轟いた。光仁天皇が黒雲を射よと命じ、それに応じた満行は7尺2分の白木の大弓から矢を放つと、黒雲内の化け物は退散したという。光仁帝は大いに歓び、従三位の官位と藤原朝臣満行の名を賜ったといわれる。満行の死後、都で様々な凶事が起きたため、帝は満行の故郷(当地)へ勅使を遣わし、満行を祀った神社を建立したという説もある。

戸榛名神社 (3)
参道を進むと鬱蒼とした森の中に社殿がある。

戸榛名神社 (4)
戸榛名神社 (5)
戸榛名神社 (6)
火災などにより当地へ遷座してきたとの伝承もあるが、ここには長野勢の高浜砦の支砦(神戸砦)があったため、武田氏の西上州攻略戦の際に焼失。箕輪城攻めの際に、武田信玄が再興し戦勝祈願をしたといわれる。

現在の社殿の建立年などは分からないが、近年改修が行われているようだ。

戸榛名神社 (7)
神楽殿。大正5年(1916年)の建立。天井絵が施された立派なもの。古くから神楽が伝承されてきたが、現在は中断している。

戸榛名神社 (8)
戸榛名神社 (9)
社殿を囲むように多くの境内社・末社群がある。養蚕関係(蚕蟄国霊神)や農耕関係(地神)。

戸榛名神社 (10)
石祠の後ろに巨岩が置かれている。何か特別な意味があるのかな。

ちなみに、満行の8男・八郎満胤を祀った「八郎神社」が伊勢崎市福島町にある。8男だが総領(跡取り)になっため兄たちの恨みを買い殺されてしまうのだが、大蛇となって大暴れしたとの伝説がある。(「群馬八郎満胤がご祭神 -八郎神社-」参照)

このエントリーをはてなブックマークに追加


高崎市十文字町の車持神社。

車持神社 (1)
車持神社 (2)
車持神社の創建は不詳だが、当地を治めていた車持氏の館跡に祠を建て、車持氏に榛名大神を合わせ祀ったものと伝わる。上野国神名帳記載の車持若御子明神に比定される古社である。

車持氏は豊城入彦命の8世孫・射狭君が、雄略天皇のとき乗輿を献上したことから車持姓を賜ったとされる。

車持神社 (3)
車持神社 (4)
社殿は天正8年(1580年)の建立との記録が残る。現在の社殿の建立時期は不明。

車持神社 (6)
車持神社 (5)
御嶽山など、石碑や石祠が並ぶ。

車持神社 (7)
車持神社 (8)
社殿左に鳥居があり、下(沢が流れている)に降りられる石段がある。

車持神社 (9)
車持神社 (10)
下には不動明王像や「泰賢行者」「普寛行者」などと刻まれた石碑がある。榛名山や当地で修行した修験者が祀ったものかな。

車持氏は豊城入彦命の後裔「東国六腹朝臣」(飛鳥時代)のひとつの氏族。車持氏が統治していたので車郷(くるまのさと)や車評(くるまのこおり)と呼ばれるようになり、後の群馬県名の元になったともいわれる。また当地は旧久留馬村(旧榛名町に編入後、高崎市に編入)で、これも車持氏から来ている。

このエントリーをはてなブックマークに追加


高崎市箕郷町富岡の飯玉神社。

富岡飯玉神社 (1)
富岡飯玉神社 (2)
富岡飯玉神社は天文年間(1532~55年)の創建と伝わる。箕輪城主・長野業正の崇敬厚く、その後業正の弟・直業が下館に住んで常に崇拝したという。直業は富岡城主。また直業は小塙髙成と改名し、小塙7村を領有したともいわれる。

鳥居は文化2年(1805年)の建立。扁額の揮毫は源(岩松)徳純。

富岡飯玉神社 (3)
社殿の建立年などは不明。

富岡飯玉神社 (4)
富岡飯玉神社 (5)
社殿裏の境内社・末社群。

由緒は箕郷町誌(昭和50年:1975年)から調べたが、群馬郡誌(大正14年:1925年)では寛永6年(1629年)の創建となっている。

このエントリーをはてなブックマークに追加


上州まったり紀行の中から「石仏・宝塔・板碑・塔婆」などに関するものをリスト化したもの。板碑・宝塔(宝篋印塔)・塔婆などは、元々お墓や供養塔の意味合いも強いが、「お墓・供養塔」に分類したものは除く。なお、分類はいい加減。


前橋市(旧郡部を除く)

稲荷新田の薬師さま
亀里町・阿内宿の石幢
正法寺の六地蔵石幢
笠薬師塔婆(丁間稲荷神社)
石造阿弥陀如来三尊像(後閑円満寺)
阿弥陀三尊仏(浄土院)
公田の岩舟地蔵
小島田の阿弥陀如来坐像
小島田の供養碑
江木の宝塔
旧普蔵寺供養塔(最善寺)
富田の宝塔
笠欠け三猿塔(熊野神社)
鳥羽の大日如来および笠塔婆
大福寺の宝塔
阿弥陀三尊画像板碑と宝塔(乗明院)
善光寺の石幢
龍興寺の多宝塔


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

粕川町・石造馬頭観音立像と笠かぶり地蔵尊
横沢の石塔婆
大前田町・世良田薬師の石造阿弥陀如来坐像
あ・うん石仏と馬頭観音(馬場稲荷神社)
石造薬師如来坐像と宝塔(東昌寺)
大前田の地蔵菩薩石像
龍性寺の石幢
月田の石造仏群
石像六地蔵塔と宝塔(月田近戸神社)
金剛寺の六地蔵石幢
六地蔵石幢と種子十三仏塔(赤城寺)


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

間野谷の石造層塔
新宿の変型板碑
岡屋敷の阿弥陀三尊石仏
大聖寺墓地の宝篋印塔
頼光塚
上植木の建長石仏
上西根の五輪塔
常清寺の変形板碑
上蓮の阿弥陀・地蔵石仏
五輪塔と宝篋印塔(宝存寺)
正観寺・義経馬殿塔
浅間山大噴火の供養地蔵(夜泣き地蔵)
玉村町・文安銘の五輪塔
花台寺・五智如来石仏
泉龍寺・延命地蔵と薬師如来石像
観照寺の板碑
徳蔵寺の宝塔
宮子の笠塔婆
西光寺の馬頭観音
長安寺・宝篋印塔
下植木赤城神社の石造美術群
大国神社の石幢
同聚院・文明の石幢
天増寺の宝塔
権現山の宝塔


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

長尾憲景の護持仏・閻魔大王像(玄棟院)
大日如来坐像(神宮寺)
応永15年の宝篋印塔
永享の五輪塔(千音寺跡)
下郷の子育地蔵
東円山観音堂の石造物群
御堀地蔵堂の板碑
宮昌寺・穴薬師
渋川金井宿の滝不動
真光寺の聖徳太子塔


高崎市(旧郡部を除く)

町屋の宝塔 & 楽間の宝塔
明徳元年銘の宝篋印塔(西福寺跡)
円福寺の宝篋印塔
山ノ上地蔵尊
高崎市山名町・来迎阿弥陀画像板碑
妙典寺の板碑と五輪塔
玄頂寺の五輪塔
光台寺の線刻地蔵菩薩立像石仏
安楽寺の異形板碑
洞窟観音
養報寺の石仏群
永泉寺の幽霊石


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

真福寺の板碑
万福寺の五輪塔
東向八幡宮の石幢
西深沢の石造薬師如来坐像
多比良神社の板碑
吉井町・黒熊山延命寺の宝篋印塔・五輪塔
橋場の地蔵尊
馬庭の薬師如来坐像
安養寺跡の笠塔婆
本庄辻の地蔵尊
岩井堂の石幢
全透院の閻魔大王と奪衣婆
折茂観蔵院の板碑
小暮の穴薬師
天久沢陣城跡の石造地蔵菩薩坐像
地勝寺の薬師如来坐像と一石阿弥陀三尊像
玄太寺の阿弥陀三尊坐像
多胡碑


安中市

五料の地蔵さん(夜泣き地蔵)
聖不動威怒明王像
観音三尊碑
八城の八塔石紅地蔵
自性寺の宝篋印塔
不動寺の石塔婆
全性寺の悟留譜(ゴルフ)観音


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

田篠の石造如来三尊坐像
女神像碑と十一面観音菩薩碑
圓通閣の地蔵菩薩坐像
清泉寺の宝篋印塔
富岡市・仁治の碑
甘楽町・仁治の板碑
甘楽町・建長の板碑
城町下薬師堂の石仏
今宮寺の阿弥陀三尊石仏
宝勝寺の地蔵菩薩と薬師如来
永隣寺の奪衣婆像
額部神社・石造地蔵菩薩像
西方寺・元応の板碑・貞治の板碑
金剛院の名号塔
星田虚空蔵堂の名号塔
天引の笠塔婆 その2
下仁田町安楽地の板碑
天引の笠塔婆と板碑
天引中宿の薬師如来像
小野の塩薬師
長厳寺の磨崖仏
宝泉寺の薬師如来石像


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

実大山養浩院の地蔵菩薩像
藤岡市三波川・子育日切地蔵尊
保美濃山抜鉾神社の板碑
龍田寺の宝篋印塔
藤岡市篠塚・道標付笠石四角塔
福持寺の板碑
藤岡市譲原・文明の板碑
神流町・阿弥陀三尊画像板碑
保美の子育て地蔵尊
応永の板碑
医光寺の板碑
平井七地蔵尊
神流町・閻魔大王像と奪衣婆像
葵八幡宮の板碑


太田市(旧郡部を除く)

富若の名号角塔婆
大円寺の徳本行者名号
矢田堀勘兵衛屋敷の名号角塔婆
永福寺の名号角塔婆
成願寺の石造地蔵菩薩像
教王寺の五輪塔群


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

新井家の五輪塔
中江田の辻地蔵尊
旧来迎寺の宝篋印塔
旧常楽寺の石塔群
西野の層塔
西福寺・赤子地蔵
木崎宿の色地蔵
清泉寺の宝篋印塔
二体地蔵塚


桐生市

栖松寺の石幢
後閑の五輪塔
久昌寺・金八地蔵
光明寺・「宝珠型仏塔」の弁財天
東禅寺の角塔「建武の碑」
千手寺の石幢
龍真寺の鶏亀地蔵
関の磨崖仏
瀧興寺の虚空蔵菩薩石像
観音寺の石幢
山上多重塔


みどり市

南光寺の五輪塔群
大間々・浅原の百観音
大間々の角地蔵
穴原薬師堂の馬鳴菩薩像
岩穴観音・地蔵菩薩坐像と阿弥陀如来坐像
浅原馬場の大日如来像


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

安勝寺・光明真言金亀宝篋印塔
十王十仏板碑(淨蓮院)
建武の板碑(大林寺)
千代田町・弘安の板碑
日向義民地蔵
五宝寺・不動まんだら板碑
愛宕神社・青色地蔵板碑
東光寺の馬頭観音
舞木円満寺・元応の板碑


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

禅定院の宝篋印塔
岩室神社の石造五重塔


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

岩井の背高地蔵
柏原の宝篋印塔
北向三十三番観世音
浅間山大噴火の供養石地蔵(雲林寺)
泉龍寺の閻魔大王像
宗本寺の宝篋印塔
仙人窟の石仏
国定忠治地蔵

このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ