Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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高崎市箕郷町柏木沢の八幡宮。
柏木沢地区には複数の八幡宮があり、字名から向滝八幡宮と呼ばれる。

向滝八幡宮 (1)
向滝八幡宮 (2)
向滝八幡宮は文永元年(1264年)に京都・石清水八幡宮の分霊を勧請と伝わる。

向滝八幡宮 (3)
向滝八幡宮 (4)
参道の先は鎮守の森といった風情。拝殿前には縁起の良い松が覆う。灯籠は大正10年(1921年)の奉納。

向滝八幡宮 (5)
向滝八幡宮 (6)
向滝八幡宮 (7)
社殿は天明3年(1783年)に再建されている。現在の社殿?

向滝八幡宮 (8)
境内社の石尊大権現。両脇に大天狗と小天狗を従えている。石尊大権現は大山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神。優れた力を持った仏僧、修験者などが死後大天狗になるといわれる。

向滝八幡宮 (9)
向滝八幡宮 (10)
社殿裏に剣を持つ武人(?)不動明王(?)が線刻されている碑があった。詳細は不明。

元和5年(1619年)には、高崎城主・安藤重信より社領(田畑)寄進されるなど崇敬されていた。

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高崎市箕郷町柏木沢の妙法山不動寺。

不動寺 (1)
不動寺 (2)
不動寺は延慶年間(1308~11年)良栄法印の開山といわれる。山門は平成11年(1999年)の新築。

不動寺 (3)
山門の龍の彫刻。

不動寺 (4)
不動寺 (5)
本堂も平成11年(1999年)の新築。

不動寺 (6)
不動寺 (7)
境内の南滝不動尊。現在のお堂は平成4年(1992年)の建立。

不動寺の南方、初瀬川と唐沢川が合流するあたりに、高さ7、8mの南滝と呼ばれる滝があった。この南滝辺りに不動明王を安置した不動堂があり、行者が滝行などを行っていた。昭和30年代後半の河川改修により南滝がなくなり、お堂は不動寺境内に移されている。

1月と3月の不動縁日には、護摩供祈願が行われる。

不動寺 (8)
不動寺 (9)
不動寺 (10)
同じく境内の柏木天満宮。菅原道真を祀っていると思われるが、由緒などは分からない。

不動寺は船尾山楊沢寺(息災寺とも)の一寺(坊)跡に開創されている。楊沢寺は平常将に焼き討ちされたが、坊(大寺院に付属する子院や塔頭)が3000もあったとされる。現在の柳沢寺(榛東村)で、五重塔があることで知られる。
(「五重塔がある! -柳沢寺-」参照)

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吾妻郡高山村中山の田んぼアート。

高山村田んぼアート2019
恒例の田んぼアートだが、今年の題材は「何これ?」。左は傘を持ったネズミ? 右はタヌキ? 隣で見ていた女の子(小学校低学年くらい)も「タヌキ?」と言っていたので、オレと意見が一致(苦笑)。

高山村のHPでも2019年の作品について記載なし(2018年から更新されていない)。

「傘を持ったネズミ」と言えばストリートアーティスト・バンクシーが有名だが、関連がある? 左がネズミなら右は「ネコ」なのかも。頭上に「?」がついているのも、何か意味があるのかな。

2014年から「ぐんまちゃん」が続いていたが、ライセンス契約が5年で終わったのかも。どうせなら、高山村のキャラクター「ひかるくん」「つぼみちゃん」「いぶきちゃん」にすればいいのに(「つぼみちゃん」は2018年に登場)。知名度アップになるのに。

梅干し (1)
田んぼアートを見た後は、道の駅「中山盆地」で梅干しを買って帰るのも恒例。いつのもように「織姫」と「南高梅」の梅干しを買って帰ってきた。

関連
 「高山村『田んぼアート』2018
 「高山村『田んぼアート』2017
 「『ぐんまちゃん』と『くまモン』 -高山村・田んぼアート

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伊勢崎市、玉村町

伊勢崎市・東村46号墳跡
騎馬武者伝説 -頼光塚-
伊勢崎市・波志江愛宕神社
帆立貝式前方後円墳 -丸塚山古墳-
本格的な古代寺院跡 -上植木廃寺跡-
伊勢崎市・上植木の建長石仏
伊勢崎市・島村諏訪神社
伊勢崎市・島村の板倉
日本基督教団島村教会 & 島村めぐみ保育園本館
伊勢崎市境島村・「島村蚕種業績之地」碑
伊勢崎市境島村・島村沿革碑
旧伊勢崎市立境島小学校
伊勢崎市境島村・新地地区養蚕農家群
世界遺産・田島弥平旧宅
田島弥平顕彰碑
伊勢崎市境島村・宝性寺
金井烏洲と一族の墓
安達盛長の創建 -国定赤城神社-
国定忠治の墓 その2 -善応寺 その2-
伊勢崎市・八斗島稲荷神社
源頼義の創建 -長沼八幡宮-
渕名氏の氏神 -渕名神社-
伊勢崎市・三柱神社
小此木盛光の創建 -境小此木・菅原神社-
安達景盛の創建 -境下武士・三社神社-
利根川・島村の渡し
俳人・栗庵似鳩の墓
伊勢崎市・上西根の五輪塔
弥勒寺音次郎奉納の木組み灯籠 -勝山神社-
伊勢崎市・郷学五惇堂跡
いせさき市民のもり公園
板垣信方の墓 -常清寺-
香林の木像如意輪観音坐像 -曦観音堂-
伊勢崎市・十二所古墳
新田三談林のひとつ -能満寺-
伊勢崎市・上蓮の阿弥陀・地蔵石仏
那波宗元の勧請 -戸谷塚諏訪神社-
鎌倉権五郎景正を祀る -五郎神社-
上植木の鎮守様 -上樹神社-
渕名実秀の娘・妙真尼の開基 -妙真寺-
上杉謙信が戦勝祈願 -千本木神社-
伊勢崎市・今井山西光寺
伊勢崎市今泉町・法長寺
火防観音 -法養寺-
旧境町最古の宝篋印塔と五輪塔 -宝存寺-
那波総社 -堀口飯玉神社-
空海も修行した? -満善寺-
旗本・跡部氏の崇敬社 -宮子神社-
良い福を授ける -飯福神社-
赤堀の総鎮守 -大雷神社-
地域を守ったご神木 -堀下飯玉神社-
義経馬殿塔 -正観寺-
馬見塚の鎮守様 -馬見塚飯玉神社-
例幣使御小休所 -延命寺-
群馬八郎満胤がご祭神 -八郎神社-
夜泣き地蔵 -浅間山大噴火の供養地蔵-
伊勢崎市・華蔵寺公園遊園地
伊勢崎市・華蔵寺公園
伊勢崎の英霊殿 -伊勢崎招魂碑-
平安時代創建の古刹 -華蔵寺-
玉村町15号墳
伊勢崎藩の郷校 -嚮義堂-
伊勢崎藩の藩校教授・浦野神村の墓
玉村町・文安銘の五輪塔
玉村宿・木島本陣跡
伊勢崎市・一ノ関古墳
伊勢崎市・台所山古墳石棺
玉村八幡宮の別当寺 -神楽寺-
伊勢崎の吞龍さま? -本光寺-
五智如来石仏 -花台寺-
玉村町・梨ノ木山古墳
玉村八幡宮の元宮 -角渕八幡宮-
柴宿の歴史的景観の名残りをとどめる -柴町八幡神社-
沼田景義のご子孫の墓 -泉龍寺 その2-
那波宗広の墓 -泉龍寺-
伊勢崎唯一の神社神門 -今村神社-
玉村の地名のもとになった龍神伝説 -満福寺-
玉村太郎の館跡 -観照寺-
大谷吉継の孫・大谷隆昌の墓 -龍昌院-
新田一族・今井清義隠遁の地 -浄蓮寺-
谷島信氏の館跡 -伊勢崎市・徳蔵寺-
長持形石棺が保存されている -お富士山古墳-
浦島太郎伝説 -龍神宮-
跡部氏の菩提寺 -紅厳寺跡 その2-
宮子の笠塔婆 -紅厳寺跡-
伊勢崎・雷電神社&雷電神社古墳
弥勒寺音次郎・音八父子の墓
すばらしい本殿の彫刻 -平塚赤城神社-
群馬県内最大級の馬頭観音 -西光寺-
福島泰蔵大尉の墓 -天人寺-
石剱稲荷大明神 -瑳珂比神社-
道標を兼ねた二十二夜塔 -愛染院-
村上随憲の墓 -長光寺-
弁天池に鎮座 -瑳珂比弁天宮-
旗本・久永氏陣屋跡 -大東神社-
6世紀末の帆立貝形古墳 -鶴巻古墳-
那波教元の墓? -富塚円福寺-
駒井政直・親直の墓 -宝幢院-
駒井氏累代の墓 -竹芳寺-
みかえり不動尊 -長安寺-
石造美術群 -下植木赤城神社-
日本一(?)の大鰐口 -万徳寺(石山観音)-
石田三成の妖怪退治 -退魔寺-
上野国五之宮 -大国神社-
連取の松 -菅原神社-
斎藤宜義の墓 -宝蔵寺-
織機・養蚕の神様を祀る -倭文神社-
雷の神様を祀る -火雷神社-
エレガントな洋館 -いせさき明治館-
小畠武堯の墓 -善応寺-
伊勢崎の鎮守社 -伊勢崎神社-   
伊勢崎藩主・稲垣長茂の屋敷門 -同聚院-
那波小太郎・小次郎の墓 -天増寺 その2-
稲垣氏累代の墓 -天増寺-
浮島に鎮座 -白龍神社-
鳥居がいっぱい -小泉稲荷神社-
藤原秀郷(俵藤太)の供養塔 -宝珠寺-
家鴨(アヒル)塚 -称念寺-
源頼朝の勧請 -玉村八幡宮-
日航例幣使街道と玉村宿 -玉村町歴史資料館-
伊勢崎赤堀歴史民俗資料館
国定忠治の墓 -養寿寺-
霊験あらたか? -伊勢崎・権現山-
琴を弾くから「ことはにクン」 -相川考古館-
時を告げる大正ロマン -伊勢崎・時報鐘楼-
滝川一益も見た風景 -軍配山古墳- 

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上州まったり紀行の中から「古墳・遺跡」に関するものをリスト化したもの。古墳に行くのが(見学するのが)主目的でない場合も含んでるけどね。


前橋市(旧郡部を除く)

今井神社古墳
正円寺古墳
桂萱大塚古墳
新田塚古墳
金冠塚古墳
亀塚山古墳
天神山古墳
天川二子山古墳
遠見山古墳
愛宕山古墳
荒砥富士山古墳
大室公園・前二子古墳
大室公園・中二子古墳
大室公園・後二子古墳
大室公園・小二子古墳
大室公園・M-1号古墳
八幡山古墳
蛇穴山古墳
宝塔山古墳
総社二子山古墳・保渡田二子山古墳


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

鏡手塚古墳
壇塚古墳
堀越古墳
上庄司原2号古墳&4号古墳
上庄司原1号古墳
九十九山古墳


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

東村46号墳跡
丸塚山古墳
十二所古墳
玉村町15号墳
一ノ関古墳
台所山古墳石棺
梨ノ木山古墳
お富士山古墳
雷電神社古墳
鶴巻古墳
権現山
軍配山古墳


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

いなり塚古墳
中ノ峯古墳
八木沢清水縄文時代住居跡
金井古墳
小室敷石住居跡
将軍塚古墳
虚空蔵塚古墳
中筋遺跡
黒井峯遺跡
滝沢古墳
三津屋古墳
南下古墳群・E号古墳&F号古墳
南下古墳群・C号古墳&D号古墳
南下古墳群・B号古墳
南下古墳群・A号古墳
滝沢石器時代遺跡


高崎市(旧郡部を除く)

五霊神社古墳
桜塚古墳
少林山薬師塚古墳
少林山天頭塚古墳
八幡原A号及びB号石槨
剣崎長瀞西古墳
将軍塚古墳
上小塙稲荷山古墳
普賢寺裏古墳
不動山古墳
浅間山古墳
大鶴巻古墳
安楽寺古墳
三島塚古墳
若田原遺跡
観音塚古墳
山ノ上古墳
観音山古墳


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

長井石器時代住居跡
恩行寺古墳
南高原1号古墳
片山1号古墳
金古愛宕山古墳
御穴塚古墳
多胡薬師塚古墳
保渡田薬師塚古墳
保渡田八幡塚古墳
総社二子山古墳・保渡田二子山古墳


安中市

龍的塚古墳
簗瀬二子塚古墳


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

高瀬26号古墳
粘土山古墳
伊勢塚古墳
太子堂塚(旅寝塚)古墳
北山茶臼山古墳
天王塚古墳
田篠しの塚古墳
堂山稲荷古墳
笹森古墳


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

原古墳
胴塚稲荷古墳
霊符殿古墳
諏訪古墳
戸塚神社古墳
平地神社古墳
中大塚縄文時代敷石遺構
平井地区1号古墳
皇子塚古墳
譲原石器時代住居跡
伊勢塚古墳
白石稲荷山古墳
七輿山古墳


太田市(旧郡部を除く)

巌穴山古墳
稲荷山古墳
塚廻り古墳群第4号古墳
茶臼山古墳
茶臼山古墳


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

長楽寺遺跡1号墳跡
中原生品神社・敷石住居跡
長円寺古墳
北山古墳
西山古墳


桐生市

愛宕塚古墳
天神古墳
中塚古墳
普門寺遺跡


みどり市

岩宿遺跡


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

筑波山古墳
米山薬師古墳
堂山古墳
古海原前1号古墳
城之内古墳
山王山古墳


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

梨の木平敷石住居跡
深沢遺跡配石遺構
矢瀬遺跡


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

四戸の古墳群
中山敷石住居跡

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伊勢崎市東小保方町の東村46号墳跡。

東村46号墳 (1)
東村46号墳は消滅し位置が不明確となっていたが、公園造成に先立つ調査で、その位置が再確認された。

東村46号墳 (2)
46号墳は調査部分からの推定だが、全長約40mの前方後円墳と考えられる。前方部北側から円筒埴輪や人馬などの形象埴輪の破片が数多く確認された。(写真は解説板の古墳イメージ部分の拡大)

東村46号墳 (3)
東村46号墳 (4)
当然のことながら、古墳を偲ばせる遺構は何もない。

東村46号墳 (5)
公園の名称は頼光塚公園。名前の由来は、公園から約150m北側にある頼光塚からとっている。旧東村に現存する石造物の中でも最古の部類で、しかも不思議な伝説が残る貴重な文化財だからという。(頼光塚は「騎馬武者伝説 -頼光塚-」参照)

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上州まったり紀行の中から「石仏・宝塔・板碑・塔婆」などに関するものをリスト化したもの。板碑・宝塔(宝篋印塔)・塔婆などは、元々お墓や供養塔の意味合いも強いが、「お墓・供養塔」に分類したものは除く。なお、分類はいい加減。


前橋市(旧郡部を除く)

稲荷新田の薬師さま
亀里町・阿内宿の石幢
正法寺の六地蔵石幢
笠薬師塔婆(丁間稲荷神社)
石造阿弥陀如来三尊像(後閑円満寺)
阿弥陀三尊仏(浄土院)
公田の岩舟地蔵
小島田の阿弥陀如来坐像
小島田の供養碑
江木の宝塔
旧普蔵寺供養塔(最善寺)
富田の宝塔
笠欠け三猿塔(熊野神社)
鳥羽の大日如来および笠塔婆
大福寺の宝塔
阿弥陀三尊画像板碑と宝塔(乗明院)
善光寺の石幢
龍興寺の多宝塔


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

粕川町・石造馬頭観音立像と笠かぶり地蔵尊
横沢の石塔婆
大前田町・世良田薬師の石造阿弥陀如来坐像
あ・うん石仏と馬頭観音(馬場稲荷神社)
石造薬師如来坐像と宝塔(東昌寺)
大前田の地蔵菩薩石像
龍性寺の石幢
月田の石造仏群
石像六地蔵塔と宝塔(月田近戸神社)
金剛寺の六地蔵石幢
六地蔵石幢と種子十三仏塔(赤城寺)


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

頼光塚
上植木の建長石仏
上西根の五輪塔
常清寺の変形板碑
上蓮の阿弥陀・地蔵石仏
五輪塔と宝篋印塔(宝存寺)
正観寺・義経馬殿塔
浅間山大噴火の供養地蔵(夜泣き地蔵)
玉村町・文安銘の五輪塔
花台寺・五智如来石仏
泉龍寺・延命地蔵と薬師如来石像
観照寺の板碑
徳蔵寺の宝塔
宮子の笠塔婆
西光寺の馬頭観音
長安寺・宝篋印塔
下植木赤城神社の石造美術群
大国神社の石幢
同聚院・文明の石幢
天増寺の宝塔
権現山の宝塔


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

長尾憲景の護持仏・閻魔大王像(玄棟院)
大日如来坐像(神宮寺)
応永15年の宝篋印塔
永享の五輪塔(千音寺跡)
下郷の子育地蔵
東円山観音堂の石造物群
御堀地蔵堂の板碑
宮昌寺・穴薬師
渋川金井宿の滝不動
真光寺の聖徳太子塔


高崎市(旧郡部を除く)

明徳元年銘の宝篋印塔(西福寺跡)
円福寺の宝篋印塔
山ノ上地蔵尊
高崎市山名町・来迎阿弥陀画像板碑
妙典寺の板碑と五輪塔
玄頂寺の五輪塔
光台寺の線刻地蔵菩薩立像石仏
安楽寺の異形板碑
洞窟観音
養報寺の石仏群
永泉寺の幽霊石


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

吉井町・黒熊山延命寺の宝篋印塔・五輪塔
橋場の地蔵尊
馬庭の薬師如来坐像
安養寺跡の笠塔婆
本庄辻の地蔵尊
岩井堂の石幢
全透院の閻魔大王と奪衣婆
折茂観蔵院の板碑
小暮の穴薬師
天久沢陣城跡の石造地蔵菩薩坐像
地勝寺の薬師如来坐像と一石阿弥陀三尊像
玄太寺の阿弥陀三尊坐像
多胡碑


安中市

五料の地蔵さん(夜泣き地蔵)
聖不動威怒明王像
観音三尊碑
八城の八塔石紅地蔵
自性寺の宝篋印塔
不動寺の石塔婆
全性寺の悟留譜(ゴルフ)観音


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

田篠の石造如来三尊坐像
女神像碑と十一面観音菩薩碑
圓通閣の地蔵菩薩坐像
清泉寺の宝篋印塔
富岡市・仁治の碑
甘楽町・仁治の板碑
甘楽町・建長の板碑
城町下薬師堂の石仏
今宮寺の阿弥陀三尊石仏
宝勝寺の地蔵菩薩と薬師如来
永隣寺の奪衣婆像
額部神社・石造地蔵菩薩像
西方寺・元応の板碑・貞治の板碑
金剛院の名号塔
星田虚空蔵堂の名号塔
天引の笠塔婆 その2
下仁田町安楽地の板碑
天引の笠塔婆と板碑
天引中宿の薬師如来像
小野の塩薬師
長厳寺の磨崖仏
宝泉寺の薬師如来石像


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

藤岡市三波川・子育日切地蔵尊
保美濃山抜鉾神社の板碑
龍田寺の宝篋印塔
藤岡市篠塚・道標付笠石四角塔
福持寺の板碑
藤岡市譲原・文明の板碑
神流町・阿弥陀三尊画像板碑
保美の子育て地蔵尊
応永の板碑
医光寺の板碑
平井七地蔵尊
神流町・閻魔大王像と奪衣婆像
葵八幡宮の板碑


太田市(旧郡部を除く)

富若の名号角塔婆
大円寺の徳本行者名号
矢田堀勘兵衛屋敷の名号角塔婆
永福寺の名号角塔婆
成願寺の石造地蔵菩薩像
教王寺の五輪塔群


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

新井家の五輪塔
中江田の辻地蔵尊
旧来迎寺の宝篋印塔
旧常楽寺の石塔群
西野の層塔
西福寺・赤子地蔵
木崎宿の色地蔵
清泉寺の宝篋印塔
二体地蔵塚


桐生市

栖松寺の石幢
後閑の五輪塔
久昌寺・金八地蔵
光明寺・「宝珠型仏塔」の弁財天
東禅寺の角塔「建武の碑」
千手寺の石幢
龍真寺の鶏亀地蔵
関の磨崖仏
瀧興寺の虚空蔵菩薩石像
観音寺の石幢
山上多重塔


みどり市

南光寺の五輪塔群
大間々・浅原の百観音
大間々の角地蔵
穴原薬師堂の馬鳴菩薩像
岩穴観音・地蔵菩薩坐像と阿弥陀如来坐像
浅原馬場の大日如来像


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

安勝寺・光明真言金亀宝篋印塔
十王十仏板碑(淨蓮院)
建武の板碑(大林寺)
千代田町・弘安の板碑
日向義民地蔵
五宝寺・不動まんだら板碑
愛宕神社・青色地蔵板碑
東光寺の馬頭観音
舞木円満寺・元応の板碑


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

禅定院の宝篋印塔
岩室神社の石造五重塔


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

岩井の背高地蔵
柏原の宝篋印塔
北向三十三番観世音
浅間山大噴火の供養石地蔵(雲林寺)
泉龍寺の閻魔大王像
宗本寺の宝篋印塔
仙人窟の石仏
国定忠治地蔵

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伊勢崎市東小保方町の頼光塚。

頼光塚 (1)
頼光塚は鎌倉後期から南北朝期の造立と推定される凝灰岩製の笠塔婆。笠石はなく、形状も後世の改変加えられている部分がある。

頼光塚 (2)
総高70cmで、薄肉彫りの蓮華座に乗る如来が刻まれている。斜めに大きく割れており、これにまつわる伝承が残されている。

「昔、この塚の脇の道に馬に乗った武者が毎晩現れ、通行人を脅かしていた。ある晩、松島利太夫というものがここへ来て武者の現れるのを待った。しばらくすると武者が現れたので、利太夫は太刀をひらめかせて斬りかかり、武者を斬り捨てた。それきり音もなく武者の姿は消えていた。翌朝になると、そこにはひとつの斬られた石だけが残っていた」

少し離れて見ると盛土になっているので、元々「頼光塚」は墓の名称だったのではないかと思う。つまり笠塔婆は墓標的な意味合い。それがいつの頃からか、笠塔婆を頼光塚と呼ぶようになった(勝手な推定)。

個人的には「頼光塚の上に建つ割れた笠塔婆」だと思うが、どうだろう。

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伊勢崎市波志江町の愛宕神社。

波志江愛宕神社 (1)
波志江愛宕神社の創建は不詳だが、波志江村の古墳山頂に祀られた火産霊神を愛宕明神と称したことが始まりとされる。大正2年(1913年)波志江金蔵寺と土地交換を行い当地に遷座している(金蔵寺は愛宕神社の数百m南にある)。

波志江愛宕神社 (2)
境内の端(北側)にも鳥居がある。旧鳥居を遷したものか。

波志江愛宕神社 (3)
波志江愛宕神社 (4)
波志江愛宕神社 (5)
社殿は平成11年(1999年)の建立。

波志江愛宕神社 (6)
社殿脇には宝塔。由緒などは分からない。

波志江愛宕神社 (7)
宝塔の両脇には扁額が残されている。右は旧鳥居のものと思われる扁額。

波志江愛宕神社 (8)
明治41年(1908年)に愛宕神社に合祀された「近戸大明神」と「赤城大神」の扁額が残されている。

波志江愛宕神社 (9)
神楽殿は平成26年(2014年)の改修。

波志江愛宕神社 (10)
伊勢崎市の重要有形民俗文化財に指定されている波志江祇園祭りは愛宕神社を中心に開催される。江戸時代後期に始まった祇園祭りは、旧波志江村の組ごとに10基屋台が曳き回される。波志江は水の便が悪く、雨乞いのために屋台を作ったのが祭りの始まりという。そのため、毎年の開催ではなく節目ごとの開催のようだ。

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伊勢崎市三和町の丸塚山古墳。

丸塚山古墳 (1)
丸塚山古墳 (2)
丸塚山古墳は全長81mの規模を誇り、後円部径58m、同高さ8mに対し、前方部前幅26m、同くびれ部幅41m、同長さ27m。後円部に対して前方部が幅、長さ、高さともに規模の小さい帆立貝式と呼ばれる前方後円墳である。5世紀後半の築造と推定される。

大正12年(1923年)、昭和30年(1955年)の2度にわたり発掘調査が行われている。その結果、箱形石棺が3個発見されている。石材は凝灰岩が2個、緑泥片岩が1個。時代を変え3人が埋葬されていたことになる(多分最初に1人、後に2人)。

ところで、古墳回りを一周したのだが、どこから見ても素人目には前方後円墳に見えない。また、開口部があるかなと思い墳丘に近づこうとしたが、周濠跡が田畑になっておりどうしても近寄れない。ちょっと残念だった。

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伊勢崎市の上植木本町と本関町にまたがる上植木廃寺跡。

上植木廃寺 (1)
上植木廃寺は7世紀に建立され、11世紀ころまで現存した古代寺院。

明治22年(1889年)に付近を開墾した際に、寺院瓦や塔の心礎及び礎石(16個)が発見された。昭和57年(1982年)から発掘調査が行われ、寺域は南北238m、東西115mに及ぶことが判明。

中心伽藍は南北を溝、東西を柵列で画され、南門・中門に多重塔、金堂・講堂、講堂の北には食堂と考えられる掘立柱建物跡が確認されている。さらに「佐位」などの文字瓦を含め、多数の瓦(軒下瓦)が出土している。

上植木廃寺 (2)
現在は農地になっており、遺構らしきものは道からは見られない。

上植木廃寺 (3)
上植木廃寺 (4)
前回紹介した「建長石仏」の前に礎石7個が保存されている(他には、相川考古館、上樹神社にもあるらしい)。(「伊勢崎市・上植木の建長石仏」参照)

上植木廃寺は群馬県内で最も古い時代の寺院のひとつで、佐位郡に勢力を置いた有力豪族・檜前(ひのくま)部君の氏寺ではないかと考えられている。

上植木廃寺は明治の発見当時、上野国国分寺跡ではないかと話題になったらしい。確かに年代や規模では国分寺跡や山王廃寺跡に匹敵する古代寺院跡だ。上植木廃寺の南1kmのところには佐位郡の正倉跡が発見されており、この辺りに佐位郡の郡衙施設があったと考えても差し支えないだろう。

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伊勢崎市上植木本町の建長石仏。

上植木の建長石仏 (1)
上植木の建長石仏 (2)
凝灰岩製の石仏2体で、写真向かって右側の石仏には鎌倉時代中期の建長3年(1251年)の銘がある。2体とも長年の風雨により摩耗・損傷が激しい。

上植木の建長石仏 (3)
右の石仏は総高75cm、幅45cm、厚さ26cm。舟形の光背に半肉彫りで中尊と4体の脇侍を刻む一光五尊像。と言っても摩耗により合掌坐像の如来(?)と言うことくらいしか分からない。

上植木の建長石仏 (4)
左の石仏は一回り小さいが、右側の石仏と構図が異なる以外は同様の形態である。尊像は頭光を持つ阿弥陀如来像と推定され、右側に俗体と思われる像が彫られている。

当地には11世紀ころまで上植木寺という本格的な古代寺院があったことが判明しており、建長石仏はその寺院との関連性もあるのではと思ってしまう。

ところで、覆屋は風雨が入らないよう完全に覆った方がいいと思う。現状のままだと、風化・劣化がますます進んでしまうと危惧する。

上植木のサカキ (1)
上植木のサカキ (2)
石仏を探してウロウロしていたときに見つけた「上植木のサカキ」。上植木とついているが、住所は本関町。

上植木のサカキは個人宅内にあり、樹高10m、目通り0.8m、根元周り3m、枝張り東西約8m、南北約7mで、樹齢は約300年と推定される。サカキは成育の悪い樹木であり、このように大きくなるのは珍しいといわれる。

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藤岡市、神流町、上野村

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藤岡市三波川・琴平神社
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藤岡市三波川・子育日切地蔵尊
藤岡市三波川・妹ヶ谷不動尊
三波川村の総鎮守 -姥神社-
藤岡市保美濃山・抜鉾神社
藤岡市浄法寺・日枝神社
緑埜屯倉の守護 -御倉御子神社-
日本武尊伝説 -野栗神社-
室町幕府13代将軍・足利義輝の孫が開山? -光源院-
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藤岡市下栗須・稲荷神社
小林重義の守本尊を祀る -大慈悲山千手寺-
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藤岡市譲原の子宝神社。

子宝神社 (1)
子宝神社 (2)
子宝神社は譲原地区が旧三波川村から分離し「村」になる時に、三波川村の総鎮守である姥神社から分祀したのが始まり。その際「姥」に対して「子宝」にしたといわれる。
(姥神社は「三波川村の総鎮守 -姥神社-」参照)

譲原村が三波川村から分離したのがいつかは分からなかった。地名の由来は慶長8年(1603年)に当地を関東郡代・伊奈忠次に「譲り渡した」ことからとされる。忠次は現玉村町周辺の新田開発を行ったことでも知られる。

子宝神社 (3)
写真のイメージよりも急な石段。実は一気に上れずに途中休憩したほど。

子宝神社 (4)
子宝神社 (5)
子宝神社 (6)
余り広くない境内に、こじんまりとした社殿が建っている。平成14年(2002年)に改修が行われている。

子宝神社 (7)
子宝神社 (8)
本殿も以前は彩色され、壁画も描かれていたことを想像させる。

子宝神社 (9)
子宝神社 (10)
舞台かな。中には数枚の奉納絵馬が掲げられていた。写真の絵馬には文政(1818~31年)の文字が見える。

子宝神社のご祭神は大穴牟遅神(おおあなむのかみ)である。分祀したという姥神社のご祭神は石凝姥命(いしこりどめのみこと)と異なっている。詳細は分からない。大国主が縁結びの神ともいわれるので、子宝の名からそうなった?

まあ細かいことは別にして、子宝神社って名前は素晴らしいね。

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藤岡市三波川の琴平神社。

三波川琴平神社 (1)
三波川琴平神社は明治21年(1888年)新井岡五郎氏創建の御嶽教神社。同氏は少年期に物乞いの姿で当地に現れた琴平大神から、直々に神技を伝授されたといわれる。現在も新井家が管理している。

三波川に掛かる朱色の欄干が目に付く「瀧乃橋」。

三波川琴平神社 (2)
三波川のかなり上流になるので、川幅も狭い。と言うか沢程度の流れ。

三波川琴平神社 (3)
三波川琴平神社 (4)
明治22年(1889年)には奥の院にあたる雨降山を開山し、山頂付近に御嶽三柱大神を祀り山岳道場としている。

三波川琴平神社 (5)
創建者かと思ったら、創建者のお孫さんらしい。平成元年(1989年)の建像。

三波川琴平神社 (6)
湧き水が引かれていた。

三波川琴平神社 (7)
三波川琴平神社 (8)
二の鳥居以降、ちょっときつめの石段。

三波川琴平神社 (9)
三波川琴平神社 (10)
三波川琴平神社 (11)
社殿の建立年は不詳だが、創建と同時の建立かな。

奥の院のある雨降山は、東西御荷鉾山の東麓にあたる1012.5mの比較的低い山(この辺りでは)でハイカーも多い。5月の山開き時には、火渡り護摩の神事が行われる。

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