Tigerdreamの上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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前橋市三河町の狐雲山正幸寺。
真田家改易後、沼田の再検地を行った高須隼人のお墓があるので再訪
した。
(以前の訪問記は「徳川家康の8男・仙千代を祀る -正幸寺-」参照)

真田家沼田藩5代・真田信利が、本家松代藩の跡継ぎ争いに破れ、本家
と対抗するため表高3万石に対して実高14万4000石を強引に打ち
出したことから領民は飢餓に苦しみ、杉木茂左衛門の直訴騒動を起こし
信利は改易された(別要因もあり)。
(「伝・真田信利の墓 -迦葉山弥勒寺 その2-」参照)

高須家は前橋藩主・酒井家の家老職の家柄で、忠世・忠清などが老中と
して江戸にいることが多かったため、実質地元を取り仕切っていた。
代々「隼人」を名乗っている。

真田家改易後、沼田は幕府の天領となり、再検地を行ったのが5代目
高須隼人である。

高須隼人の墓 (1)
高須家墓所。寛永6年(1629年)から延享4年(1746年)までの
37基の石殿型石塔がある。

高須隼人の墓 (2)
5代目隼人の墓。名を広儒(ひろもと)と言う。
旧真田沼田藩の再検地で、実際以上に重くなっていた年貢が大きく軽減
されることになったので、沼田領民からは「お助け縄」と呼ばれ感謝され
た。5代目隼人は、正徳3年(1713年)に亡くなってている。

酒井氏の姫路転封(寛延2年:1749年)に伴い、高須家も姫路へ
移っている。高須家のその後の詳細は不明であるが、天保年間(1831
~45年)に断絶したと伝えられている。


安中市磯部の神明宮跡。
神明宮は明治14年(1881年)に磯部神社に合祀され、現在は
中磯部住民センターなどになっている。
(磯部神社は「安中市・磯部神社」参照)

磯部神明宮跡 (1)
少しばかりの境内跡に、神明宮のご神木であったとされるヒイラギが
残っている。

樹齢は250年以上と推定される。写真では分からないが、反対側の
幹の内側は大きな空洞になっている。ただ、写真のように緑の葉が
覆い、樹勢は旺盛に見える。

磯部神明宮跡 (4)
境内跡の隅に、「五六七会 タイムカプセル」と書かれた標柱があった。
何の会かは知らないが、思い出の品などが埋められているようだ。

磯部神明宮跡 (2)
磯部神明宮跡 (3)
神明宮跡地は日本武尊が東征の折、行在所としたと伝わっており、
その際に冠を掛けた「冠石」、腰を掛けた「腰掛石」がある。
(もちろん、いずれも伝承)

一応、それらしき写真を撮ってきたが、まったく分からない。
広くはない境内跡地や住民センター周りを探したが、上の写真くらい
しか、それらしき物は見つけられなかった。

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安中市中秋間の大森神社。

大森神社 (1)
大森神社 (2)
中秋間大森神社の創建は不詳だが、もともと飽馬神社だったといわれる。
弘治年間(1555~58年)に「飽馬」から「秋間」に文字が変わった
とされるので、神社の創建はそれ以前と推定される。

飽馬神社時代に洪水で社殿が流され、里人が樫の木に繋いで流出をくい
止めたという。その場所の近傍(現在地)に遷座した際に、大森神社と
改称しという。

大森神社 (3)
大森神社 (4)
大森神社 (5)
大森神社 (6)
社殿の棟札に寛永3年(1626年)のものがあり、大工・小藤金左衛門、
石井久四郎とある。

大森神社 (7)
木鼻(獅子鼻と漠鼻)がカラフルに着色されているが、これは何??
どういう意図なのかと、ちょっと思案してみたが・・・思い浮かばない。

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安中市

群馬県内最古の橋供養塔 -三角の橋供養塔-
安中市・中後閑神社
伝・源為朝陣屋跡に鎮座 -十二山神社-
日本武尊の馬に水を飲ませた小型石棺(馬舟さま) -東神社-
安中市・磯部神社
秋元長朝屋敷跡 -清元寺-
安中市・中野谷神社
白鬚の老人が日本武尊を救う -白鬚神社-
安中市松井田町・茶釜石
五料の地蔵さん -夜泣き地蔵-
磯部温泉・楫取素彦別邸跡
磯部温泉薬師
磯部温泉・赤城神社
仙石因幡守の頌徳碑
安中市・八本木の旧立場茶屋
日本三地蔵 -八本木延命地蔵尊-
安中の時の鐘 -真光寺-
彫刻の寺 -長伝寺-
碓氷郡の一宮 -碓氷神社-
中山道坂本宿 下の本陣・金井家の墓 -青松寺-
日本武尊の勧請 -坂本八幡宮-
碓氷馬車鉄道顕彰碑
井伊家ゆかりの寺? -成就院-
安中市原市・榎下神社
簗瀬城址 -城山稲荷神社-
金井忠兵衛の墓
明治天皇腰掛石 -中宿諏訪神社-
小幡信秀の開基 -宗泉寺-
安中忠政の墓 -全性寺 その2-
医学者・荒木寅三郎の墓
安中市野殿・白山比咩神社
日本武尊伝説 -飽馬神社-
お寺の中の博物館 -世界乗物館(龍昌寺)-
山田三川の墓 -龍昌寺 その2-
特攻慈母観音 -蓮久寺-
新島襄の祖父と弟の墓 -妙光院-
安中愛宕神社
伊勢三郎義盛伝説 -遠丸石-
黄金の千手観音? -正龍寺-
安中草三郎の妻・歌の墓? -東光院-
安中草三の碑
ぽっくり不動 -聖不動威怒明王-
安中忠親の墓 -安中・桂昌寺-
安中忠清の墓 -安中・久昌寺-
橋にされていた観音様 -聖観音碑-
下曽根氏累代の墓 -信照寺-
詩人・大手拓次の墓
井伊直孝が社殿を整備 -威徳神社-
井伊直孝(井伊直政次男)からの書状 -北野寺-
金井兵部重久鋳造の梵鐘 -称名寺-
安中市松井田町・寶蔵寺
四季を通じて花のある寺 -雲門寺-
伊勢義盛の墓? -安中市岩井・常楽寺-
安中市・簗瀬二子塚古墳
畑の中のパルテノン -旧松井田役場-
松井田町八城の八塔石紅地蔵
霜災懲毖之碑 -絹笠神社-
見事な山城 -後閑城址-
足利尊氏の開基 -崇徳寺-
源頼朝も参拝 -松井田八幡宮-
親鸞心替血之辻 -本照寺-
源頼光四天王・碓氷定光の開基 -松井田・金剛寺-
依田信濃守政知の開基 -長源寺-
源義国の開基 -満行寺-
磯貝雲峰の墓 -自性寺-
神楽殿をくぐって参拝 -郷原日枝神社-
一遍上人の笈 -聞名寺-
高崎藩主松平康長の娘・露姫の墓 -実相寺-
栄朝禅師の木像 -蓮華寺-
峠の釜めし -おぎのや(荻野屋)-
碓氷峠のめがね橋 -碓氷第三橋梁-
坂本ダムと碓氷湖
大道寺政繁の墓 -補陀寺-
羊太夫を祀る -羊神社-
戦国時代の戦死者? -簗瀬八幡平の首塚-
石川忠房の生祠 -安中・三社神社-
安中の総鎮守 -安中・熊野神社-
太山融斉と柏木義圓の墓 -西廣寺-
妖怪・チャンコロリンの墓 -大泉寺 その2-
小野栄重の墓 -南窓寺-
養蚕の神の白いヘビがいる? -咲前神社-
まだまだあった、女の嫉妬物語 -八重が渕伝説-
井伊直政正室・唐梅院の墓 -大泉寺-
けっこうウキウキ -碓井峠鉄道文化むら-
佐々木盛綱祈願所? -普門寺-
伝佐々木盛綱夫妻の墓 -松岸寺 その2-
伝赤穂浪士・大野九郎兵衛の墓 -松岸寺-
武田家の祈願所 -不動寺-
安中 大名小路 その2 -旧安中藩武家屋敷-
安中 大名小路 -旧安中藩郡奉行役宅-
ホームセンターの駐車場? -旧碓井社本社事務所-
皇女和宮のご泊所 -板鼻本陣跡-
和合の鐘 -龍昌寺-
江戸時代の名主屋敷 -五料の茶屋本陣-
招き猫のお寺 -海雲寺-
外から失礼 -安中教会-
今はなき碓井郡 -旧碓井郡役所-
ゴルフ観音 -全性寺-
乗車客が下から2番目 -安中榛名駅-
赤穂浪士の石像
磯部公園の歌詩碑
温泉マーク発祥の地 -磯部温泉-
安中ふるさと学習館

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安中市東上秋間の三角の橋供養塔。

三角の橋供養塔(1)
供養塔は慶長15年(1610年)に東上秋間村の磯貝伊豆守が、
秋間川支流の久保川に石橋をかけ供養したもの。磯貝伊豆守につい
てはよく分からない。また、石橋は現存していない。
群馬県内で最古の橋供養塔といわれる。

三角の橋供養塔(2)
阿弥陀三尊を示す種子と「奉造立石橋者我一心志」。
磯貝伊豆守の名とともに、願主として甚左衛門(同二拾人)という
名も見える。

群馬県最古の橋供養塔と安中市HP、安中市教育委員会案内板に
書かれている。調べてみたところ、全国でも慶長以前の橋供養塔は
見つからない。なので、全国最古ではないかと思う。

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安中市中後閑の中後閑神社。

中後閑神社 (1)
中後閑神社の創建は文安4年(1447年)と伝わる。
元は諏訪神社であったが、明治43年(1910年)近隣の熊野神社、
大山祇神社、八坂神社、浅間神社などを合祀し、中後閑神社と改称。

中後閑神社 (2)
けっこう急な石段を登っていく。

中後閑神社 (3)
割拝殿と思われる。
境内は草が生い茂っており、あまり訪れる人もいない?

中後閑神社 (4)
中後閑神社 (5)
中後閑神社 (6)
中後閑神社 (7)
主祭神が伊邪那美命・速玉之男命・事解之男命になっており、先に
諏訪神社に各社を合祀したと書いたが、存続社は熊野神社のようだ。

この熊野神社は、室町時代に後閑城を築城した依田氏が鎮守として
碓氷峠の熊野神社から勧請したもの。歴代後閑城主の崇敬を受けて
いた。(後閑氏・後閑城は「見事な山城 -後閑城址-」参照)

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前橋市(旧郡部を除く)

慈覚大師の創建 -禅養寺-
歴代前橋藩主の崇敬社 -山王日枝神社-
石造阿弥陀如来三尊像 -後閑円満寺-
前橋市上大島町・近戸神社
百番観音 -浄土院-
前橋市・公田の岩舟地蔵
前橋市・小島田の阿弥陀如来坐像
群馬県最古の供養碑 -小島田の供養碑-
前橋市・江木の宝塔
前橋市江木町・六所神社
津久井磯の遺徳碑 -隆興寺 その2-
前橋公園の「楫取素彦と松陰の短刀」銅像
旧普蔵寺供養塔 -最善寺 その2-
前橋市・今井神社古墳
前橋市・富田の宝塔
前橋市・正円寺古墳
上州七福神・福禄寿を祀る -正円寺-
前橋市・桂萱大塚古墳
前橋城の鬼門除け -早虎稲荷神社-
前橋市・片貝能満虚空蔵地蔵尊
片貝神社の太々神楽 -片貝神社-
平敦盛の供養塔 -泉蔵寺-
赤い御霊石伝説 -小石神社-
「おくまんさま」の三つ足八咫烏石 -前橋市・熊野神社-
佐藤垢石の碑
お沓の言い伝え -前橋市・上新田雷電神社-
前橋市・鳥羽の大日如来および笠塔婆
応永の宝塔 -大福寺-
青栁大師 -龍蔵寺-
石田玄圭の墓
養蚕神楽 -春日神社-
「生糸のまち前橋」の近代化遺産 -旧安田銀行担保倉庫-
前橋市出身の英霊を祀る -厩橋護国神社-
日本最初の製糸工場 -前橋製糸場跡-
楫取素彦・寿夫妻の発願 -清光寺-
筑波山信仰 -無量寿寺-
前橋市日輪寺町・菅原神社
十一面観音伝説 -日輪寺-
魚遊寺伝説 -乗明院-
伝教大師・最澄の創建 -善光寺-
意外と怖い長壁神 -長壁神社-
静御前のお墓??
酒井重忠の建立 -観民稲荷神社-
市街地の発電所 -柳原発電所-
御真影御里御坊 -妙安寺-
赤穂浪士・矢頭右衛門七の母の墓 -大蓮寺-
広瀬川 白く流れたり -広瀬川遊歩道-
徳川家康の8男・仙千代を祀る -正幸寺-
酒井忠世の開基 -隆興寺-
松平直矩の開基 -永寿寺-
新田義貞の首塚? -新田塚古墳-
新田義貞の首級を持ち帰った(?)「覚明」の墓 -宝禅寺-
神明宮の外宮? -前橋千代田・稲荷神社-
太田道灌の建立?? -前橋千代田・神明宮-
酒井重忠所縁の寺 -源英寺-
前橋公園の日本庭園
学校院若王子大明神 -御霊神社-
中臣羽鳥連の墓 -釈迦尊寺-
名馬「磨墨」の蹄がご神体 -駒形神社-
大坂戦籠城之図 -前橋文学館 その2-
萩原朔太郎記念・水と緑と誌のまち前橋文学館
前橋厄除け大師 -蓮華院-
総社神社の別当寺 -徳蔵寺-
上野国府跡? -宮鍋神社-
名馬・磨墨の墓 -祝昌寺-
前橋市・金冠塚古墳
前橋市・亀塚山古墳
前橋市・天神山古墳
前橋市・天川二子山古墳
前橋市総社町・遠見山古墳
前橋市総社町・愛宕山古墳
鎌倉坂伝説 -善勝寺-
酒井忠世家臣・本城氏の墓 -長昌寺-
初代前橋市長・下村善太郎の墓 -龍海院 その2-
白鳳時代の大伽藍寺院跡 -山王廃寺跡-
松平(直基)家の崇敬社 -前橋東照宮-
復活のイエス -前橋聖マッテア教会-
群馬初のカトリック教会 -前橋カトリック教会-
群馬初の公会堂 -群馬会館-
昭和時代の群馬の顔 -群馬県庁昭和庁舎-
江戸時代の年貢貯蔵庫 -上泉郷蔵-
剣聖・上泉信綱の墓 -西林寺-
安産の神様と巨石群 -産泰神社-
石川氏の墓 -最善寺-
前橋・大室公園 その6 -旧関根家住宅-
前橋・大室公園 その5 -前二子古墳-
前橋・大室公園 その4 -中二子古墳-
前橋・大室公園 その3 -後二子古墳-
前橋・大室公園 その2 -小二子古墳-
前橋・大室公園 その1 -M・1号古墳-
赤城神社 その3 -二宮・赤城神社-
前橋・八幡山古墳
単層四脚の総門 -大徳寺-
常盤御前のお墓? -極楽寺-
静御前のお墓? -養行寺-
上野国の総鎮守 -総社神社-
初めて見たオリンピックのメダル -総合スポーツセンター・スポーツ資料館-
岩神の飛石 -岩神稲荷神社-
お虎が淵伝説 -虎姫観音-
のんびり散策 その2 -敷島公園・ばら園-
のんびり散策 -敷島公園-
お艶のその後・・・ -お艶が岩/お艶観音-
淀君のお墓? -元景寺-
上毛野田道の墳墓? -蛇穴山古墳-
秋元氏歴代の墓所 -宝塔山古墳-
秋元氏の菩提寺 -光巌寺-
徳川譜代・酒井家の菩提寺 -龍海院-
明治時代の迎賓館 -臨江閣-
水道タンクと資料館 -前橋市水道資料館-
ネコも入りたがる記念館 -萩原朔太郎記念館-
あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-


前橋市山王町の日吉山禅養寺。

禅養寺 (1)
禅養寺は貞観2年(860年)慈覚大師の創建と伝わる。
慈覚大師、貞観と言えば、お隣の後閑町円福寺と同じ由緒となる
(円福寺は貞観3年の創建)。
(後閑円福寺は「石造阿弥陀如来三尊像 -後閑円満寺-」参照)

ついでに、日枝神社も同年の創建と伝わっており、山王日吉神社を
勧請している。禅養寺も山号を「日吉山」というので、日吉神社を
守護神としているか、日枝神社の別当寺だったと考えられる。
(日枝神社は「歴代前橋藩主の崇敬社 -山王日枝神社-」参照)

禅養寺 (2)
禅養寺 (3)
境内の十王像。11番目には奪衣婆像もあった。
十王の中では閻魔大王が有名で、奪衣婆との組み合わせは多いが、
十王が勢揃いしているのは珍しい。

禅養寺 (4)
禅養寺 (5)
本堂は寛政5年(1793年)の再建。
柏木村(現高崎市箕郷町)の大工・貞宴を棟梁とする、のべ1899人が
携わった記録が残っている。

禅養寺 (6)
本堂屋根には、皇室・菊のご紋と酒井家の家紋(片喰)がある。
皇室との関係はよく分からないが、元亀元年(1570年)に詔を得て
天皇の万福と天下安泰を祈っている記録があるらしい。

酒井家との関係は、前橋藩主時代に度々社殿・玉垣等の修復を行った
記録があり、酒井家の崇拝を受けていたようだ。


前橋市山王町の日枝神社。

山王日枝神社 (1)
山王日枝神社 (2)
山王日枝神社は、貞観2年(860年)嵯峨天皇の皇子・忠長親王が
上野国大守に任ぜられたのを祝し、山王日吉神社の分霊を勧請したのが
始まりという。

山王日枝神社 (3)
山王日枝神社 (4)
山王日枝神社 (5)
現在の社殿は、永禄年間(1558~70年)の再建といわれ、最近では
平成3年(1991年)に修復、平成17年(2005年)に屋根の葺き
替え(銅板葺)を行っている。

山王日枝神社 (6)
神楽殿。
4月に神楽が行われるようだが、行うのは後閑・飯玉神社の関係者
(神楽保存会のみなさん)らしい。

山王日枝神社は歴史が長いだけに、源頼朝が参詣して300余町歩を
寄進したとの記録もある。また江戸時代には徳川家光が神田を献じたり
歴代前橋藩主の崇拝を受けるなどしている。

山王町の地名は、山王日吉神社からと考えられている。


前橋市後閑町の医王山円満寺。

後閑円満寺 (1)
後閑円満寺 (2)
後閑円満寺は貞観3年(861年)慈覚大師の開基と伝わる古刹で
ある。慈覚大師は第3代天台座主で、最澄、空海などとともに八唐
八家のひとりに数えられる。

後閑円満寺 (3)
後閑円満寺 (4)
本堂は平成21年(2009年)の改築で、本尊の薬師如来を祀る。
本尊の薬師如来像は、檜の寄木造りで円光背を持つ。鎌倉時代の
造立と推定される。

後閑円満寺 (5)
後閑円満寺 (6)
境外に「お薬師さま」と呼ばれる三石三尊像がある。現在は境外だが、
昔は境内の北境だったという。

「お薬師さま」と呼ばれているが、石造の阿弥陀三尊坐像(阿弥陀
如来と観音菩薩・勢至菩薩)。角閃安山岩製で半肉彫りの陽刻。
阿弥陀如来像は宝珠形に近い丸みの舟形状の光背を持つ。
鎌倉時代後期の造立と推定される。

なぜ「お薬師さま」と呼ばれているかは知らないが、薬師如来は病気
平癒に功徳があるといわれるので、そういう伝聞が広がったから?
それとも、単純に見誤ったからか。


前橋市上大島町の近戸神社。

上大島近戸神社 (1)
上大島近戸神社 (2)
上大島近戸神社の創建は不詳。
文久2年(1817年)建立の欅造り鳥居が老朽化したため、昭和63年
(1988年)に現在の石造鳥居が再建されている。

上大島近戸神社 (3)
上大島近戸神社 (4)
拝殿は文政11年(1828年)、本殿は文化元年(1804年)の建立。
平成17年(2005年)に改修されている。

上大島近戸神社 (5)
社殿を囲むように南側・東側に境内末社群(雷電神社、日枝神社、天満宮、
八坂神社など)が鎮座している。

上大島近戸神社 (6)
拝殿の扁額は源俊純の揮毫。
源俊純は幕末から明治初年にかけての岩松家当主(岩松俊純)。
明治維新後に新田氏の嫡流争いが由良氏とあったが、俊純が男爵の
地位を授かり決着している。

俊純が家督を継いだのは安政元年(1855年)なので、扁額自体は
それ以降のものかな。


前橋市上大島町の光明山浄土院長福寺。

浄土院 (1)
浄土院は寛永年間(1624~45年)快円法印の開基と伝わるが、
享保年間(1716~36年)に焼失したため詳細は不明。

浄土院 (2)
浄土院 (3)
現在の本堂は平成4年(1992年)の建立。

浄土院 (4)
旧本堂の物と思われる瓦が境内にあった。

浄土院 (5)
浄土院と隣接している百番観音堂。浄土院の境内?
宝暦年間(1751~64年)以前の創建で、昭和8年(1933年)の
再建。上大島町自治会、百番観世音親交会のみなさんが管理している。

浄土院 (6)
浄土院 (7)
堂内には、西国三十三番、秩父三十四番、板東三十三番の計百体の
観音様が祀られている。

浄土院 (8)
観音堂前には多数の石仏や供養塔が集められている。
右端に写っている白衣観音は、昭和54年(1979年)地元老人会が
先人を偲び建立したもの。

浄土院 (9)
阿弥陀三尊石仏。風化が進んでいるが、覆屋を造り保存している。

浄土院 (10)
「戦国時代の作ともいわれる役行者像」と説明碑があったが、薬師
三尊像のようにも見える。両脇侍(日光・月光)もいるし。
それともオレが像を見間違えた?

浄土院 (11)
二十二夜塔(左)と二十三夜塔。

百番観音堂では、毎月16日に十六日念仏が奉納されるほか、3月15日、
7月15日には天道念仏も行われている。


門松 (7)
新年あけましておめでとうございます。
みなさまにおかれましては、健やかな新年をお迎えのことと、お慶び申し
上げます。

2010年7月に「Tigerdreamのまったりとスペシャル系」を
始めて以来、ブログ生活も9年目に突入した。

2015年4月に「まったりとスペシャル系」から「上州まったり紀行」を
分離し、「上州まったり紀行」と「まったりとスペシャル系」のブログ2本
体制とした。

さらには、2015年7月にHP(Tigerdream-NET)を立ち
上げ、ブログの更新情報や色んな写真の掲載を始めた。

今年も「上州まったり紀行」で群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡などを紹介
しつつ、「まったりとスペシャル系」には好き勝手書いていく。
HPは、もう少しコンテンツを増やしていきたいと思っている。

まあ、そんなこんなで、今年もよろしくお願いします。
みなさんにとって、2018年が良い年であることを祈念いたします。

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2017年も、もう残すところわずかとなった。

恒例の「上州まったり紀行Award(アワード)」を発表して、1年を
締めくくりたいと思う。
と言うことで、個人的偏見で2017年のベスト5を発表する。

なお、昨年まではワースト5も発表していたが、「自分の思いと違って
いた」「勝手に過大に期待していた」というオレの問題なので、今年は
やめることにした。

ベスト5の前に番外編をふたつ。
番外編1 碓氷馬車鉄道顕彰碑(安中市松井田町横川)
 碓氷峠を馬車鉄道が走っていたことなどまったく知らなかったので、
 非常に勉強になった。

番外編2 夜泣き地蔵(安中市松井田町五料)
 TVアニメ・日本昔話で「五料の地蔵さん」として放送されている。

では、ベスト5です。
5位 大光山宝徳寺(桐生市川内町) 
 本堂前の枯山水庭園がきれいだった。
 自由に本堂に上がれ、庭園を眺めることができるのも良い。

4位 上の森八幡神社(渋川市赤城町津久田)
 非常に珍しい「金明竹」を見ることができたので。

3位 馬場稲荷神社(前橋市馬場町) 
 「あ・うん石仏」が珍しかったので。

2位 宿稲荷神社(榛東村広馬場)
 石原流の手による社殿彫刻が素晴らしかった。

1位 光応山安勝寺(板倉町籾谷)
 「金亀宝篋印塔」といわれる亀の上に宝篋印塔が乗っているのを
 初めて見たから。しかもサイズも大きい。

もちろん、これ以外にも印象に残った場所はたくさんあった。
今年も約160ヶ所の記事をUPできた。我ながらよく頑張ったと思う。

今年も「上州まったり紀行」をご覧いただき、ありがとうございました。

2018年も「上州まったり紀行」をよろしくお願いします。


前橋市公田町の岩舟地蔵。

公田の岩舟地蔵 (1)
岩舟地蔵は嘉永3年(1850年)の建立。当時は覆屋があったようだが、
現在は焼失したためない。

公田の岩舟地蔵 (2)
昔、具合の悪い人がお地蔵様が建っているところを通りかかった際、
体調が回復するとともに神様の啓示をを受けて、このお地蔵様を建立
したといわれる。

台座が舟の形をしていることから、「岩舟地蔵」と呼ばれるように
なった。

頭の痛いとき、腹の痛いときなどにお願いして治ったら、頭なら赤い
頭巾、腹なら赤い腹巻きを作ってお礼参りをするのが慣わし。
イボを治したいときはお地蔵様のその場所を撫で、半紙に包んだ米を
お地蔵様の足下に埋めると治るという。

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