Tigerdream の上州まったり紀行

上毛かるたと群馬県内の神社仏閣、遺跡・史跡・古墳、資料館などの紹介。

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邑楽郡邑楽町中野の蛭沼薬師堂。

蛭沼薬師堂 (1)
蛭沼薬師堂 (2)
蛭沼薬師堂の由緒は不詳。現在の薬師堂は昭和57年(1982年)の建立。以前のお堂を昭和37年(1962年)に屋根替えをした際に、天明3年(1783年)改築の棟札が発見されている。

お堂前の灯籠は平成10年(1998年)の奉納。

蛭沼薬師堂 (3)
灯籠にご開帳記念の奉納とあったので、本尊の薬師如来像は秘仏になっているようだ。薬師如来は人々のあらゆる病苦を救い、殊に眼病を治癒する効験のある仏で、今も近隣住民のみならず遠方からの参拝者も多い。

蛭沼薬師堂は時宗・遊行上人巡国の砌り御小休所としたところだという。遊行上人とは時宗における指導者に対する敬称。初代・遊行上人はもちろん開祖の一遍。当代は74代。

蛭沼薬師堂 (4)
薬師堂の横に五輪塔・宝篋印塔がまとめられている。不完全なものが多い。年代的には応永(1394~1428)、正長(1428~29年)の銘がある。近隣からここに集められたのだと思う。

蛭沼薬師堂 (5)
蛭沼薬師堂 (6)
蛭沼薬師堂 (7)
境内は地区公民館になっているが、その横に荒神神社が鎮座している。詳細不明。

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邑楽郡邑楽町中野の愛宕神社。

中野愛宕神社 (1)
中野愛宕神社の創建は不詳。

中野愛宕神社 (2)
中野愛宕神社 (3)
少し高い位置に質素な覆屋が建つ。古墳(塚)なのかもしれないが、まったく分からない。本殿の造営は江戸末くらいかな(勝手な見た目)。

中野愛宕神社 (4)
由緒か何かが書いてあるようだが、漢文なのでさっぱり読めない。ただ弘化4年(1848年)とあるのは確認できた。創建年なのか? ただ碑文の最後に書かれているので碑の建立年かも。

中野愛宕神社 (5)
石碑の後ろになにか石塔がある。小さい五輪塔に見えなくもないが、みんな違う石のようだ。何だろう?

年代不明だが、愛宕神社には獅子舞が奉納されていたようだ。ある年、日旱が続き雨が降らなかったが、愛宕神社の獅子頭に祈願したところ、たちどころに雨が降ったといわれる。一寸先も見えないほどの強雨で、人々が雨宿りをしている間に獅子頭は消えていた。「獅子が天に昇り雨を降らせてくれた」と人々は語り合ったという。

この話には後日談がある。数日後、川下の木戸村で獅子頭が拾い上げられたとの話を聞きつけ引き取りに行ったが、獅子頭に根が生えたとか言われ返してもらえなかった。これを機に、木戸村で獅子舞が始まったといわれる。

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邑楽郡邑楽町中野の長良神社。

中野長良神社 (1)
中野長良神社 (2)
中野長良神社は文禄2年(1594年)邑楽郡の総鎮守・瀬戸井長良神社(千代田町)の御幣を奉蔵し創建。中野村の鎮守とした。
(「邑楽郡長良神社の本宮 -瀬戸井長良神社-」参照)

中野長良神社 (3)
社殿は参道に対して、方向が少しずれている。多分、鳥居から参道が後に曲げられたんだと思う。道路整備か何かだろう。昭和55年(1980年)に境内整備が行われた旨の記念碑があった。

中野長良神社 (7)
狛犬は大正11年(1922年)の奉納。かなり台座が高い。見上げる感じの狛犬は、余り見たことがない。

中野長良神社 (4)
中野長良神社 (5)
中野長良神社 (6)
社殿の建立年などは分からないが、老朽化が進んでいるようだ。

中野長良神社 (8)
特に本殿覆屋側面は板が外れ、穴が空いている状態。銅板葺きの屋根も相当痛んでいる。

長良神社は館林・邑楽から隣接する栃木県・埼玉県まで60社近くあるとされる。藤原長良の遺徳の賜物かと思うが、そんな長良神社であっても地方の神社は改修もままならないようだ。まあ、どこも同じようなものだけど。

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邑楽郡邑楽町中野の谷中観音。

谷中観音 (1)
延元3年(1338年)越前・灯明寺畷にて新田義貞が討死。側近として従っていた中野藤内左衛門景春も後を追い自害。景春の自害を聞いた奥方は出家し、妙言法尼と号し景春の菩提を弔った。妙言法尼は興国2年(1341年)に「西の谷の沼尻の辺りに如意輪観音を祀るべし」との神夢により、押落(字名)に一庵を結び如意輪観音像を安置し景春の冥福を祈り続けた。

注)延元、興国は南朝の年号。北朝では延元3年は建武5年、興国2年は暦応4年

やがて荒廃したが、慶長3年(1598年)中野家家臣末裔の金井左五衛門、神藤外記が現在地にお堂を建立、如意輪観音像を移している。

現在のお堂は昭和53年(1978年)の建立。解体した旧堂からは明治元年(1868年)の棟札が発見されている。

谷中観音 (2)
お堂前の灯籠は平成10年(1998年)の奉納。彫刻は獅子かな。

谷中観音 (3)
本尊の如意輪観音像は秘仏で、午年(うまどし)の5月にご開帳される。ちなにみ、景春の兜の守り本尊が如意輪観音とされる。

谷中観音 (4)
境内の如意輪観音像。平成18年(2006年)の建立。本尊(秘仏)に対する「写し本尊」の位置づけのようだ。

谷中観音 (5)
谷中観音 (6)
谷中観音 (7)
観音堂の裏手に「馬多楽神」「神明宮」「聖天山」が祀られている。馬多楽神は分からない。

谷中観音 (8)
境内に遊具が設置されているが、なぜかすべて「使用禁止」になっている。

谷中観音には子宝と安産のご利益があるとされる。地元の皆さんの手により、現在も「お腰」が作られている。「お腰」とは腹巻きのことで、赤と白がある。赤いお腰を巻いて寝ると女の子、白いお腰を巻いて寝ると男の子が生まれるという言い伝えがある。

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安中市

安中市板鼻・釜渕山大乗院
安中市下秋間・榛名神社
安中市下秋間・八幡宮
日本武尊の「冠石」と「腰掛石」? -磯部神明宮跡-
安中市中秋間・大森神社
群馬県内最古の橋供養塔 -三角の橋供養塔-
安中市・中後閑神社
伝・源為朝陣屋跡に鎮座 -十二山神社-
日本武尊の馬に水を飲ませた小型石棺(馬舟さま) -東神社-
安中市・磯部神社
秋元長朝屋敷跡 -清元寺-
安中市・中野谷神社
白鬚の老人が日本武尊を救う -白鬚神社-
安中市松井田町・茶釜石
五料の地蔵さん -夜泣き地蔵-
磯部温泉・楫取素彦別邸跡
磯部温泉薬師
磯部温泉・赤城神社
仙石因幡守の頌徳碑
安中市・八本木の旧立場茶屋
日本三地蔵 -八本木延命地蔵尊-
安中の時の鐘 -真光寺-
彫刻の寺 -長伝寺-
碓氷郡の一宮 -碓氷神社-
中山道坂本宿 下の本陣・金井家の墓 -青松寺-
日本武尊の勧請 -坂本八幡宮-
碓氷馬車鉄道顕彰碑
井伊家ゆかりの寺? -成就院-
安中市原市・榎下神社
簗瀬城址 -城山稲荷神社-
金井忠兵衛の墓
明治天皇腰掛石 -中宿諏訪神社-
小幡信秀の開基 -宗泉寺-
安中忠政の墓 -全性寺 その2-
医学者・荒木寅三郎の墓
安中市野殿・白山比咩神社
日本武尊伝説 -飽馬神社-
お寺の中の博物館 -世界乗物館(龍昌寺)-
山田三川の墓 -龍昌寺 その2-
特攻慈母観音 -蓮久寺-
新島襄の祖父と弟の墓 -妙光院-
安中愛宕神社
伊勢三郎義盛伝説 -遠丸石-
黄金の千手観音? -正龍寺-
安中草三郎の妻・歌の墓? -東光院-
安中草三の碑
ぽっくり不動 -聖不動威怒明王-
安中忠親の墓 -安中・桂昌寺-
安中忠清の墓 -安中・久昌寺-
橋にされていた観音様 -聖観音碑-
下曽根氏累代の墓 -信照寺-
詩人・大手拓次の墓
井伊直孝が社殿を整備 -威徳神社-
井伊直孝(井伊直政次男)からの書状 -北野寺-
金井兵部重久鋳造の梵鐘 -称名寺-
安中市松井田町・寶蔵寺
四季を通じて花のある寺 -雲門寺-
伊勢義盛の墓? -安中市岩井・常楽寺-
安中市・簗瀬二子塚古墳
畑の中のパルテノン -旧松井田役場-
松井田町八城の八塔石紅地蔵
霜災懲毖之碑 -絹笠神社-
見事な山城 -後閑城址-
足利尊氏の開基 -崇徳寺-
源頼朝も参拝 -松井田八幡宮-
親鸞心替血之辻 -本照寺-
源頼光四天王・碓氷定光の開基 -松井田・金剛寺-
依田信濃守政知の開基 -長源寺-
源義国の開基 -満行寺-
磯貝雲峰の墓 -自性寺-
神楽殿をくぐって参拝 -郷原日枝神社-
一遍上人の笈 -聞名寺-
高崎藩主松平康長の娘・露姫の墓 -実相寺-
栄朝禅師の木像 -蓮華寺-
峠の釜めし -おぎのや(荻野屋)-
碓氷峠のめがね橋 -碓氷第三橋梁-
坂本ダムと碓氷湖
大道寺政繁の墓 -補陀寺-
羊太夫を祀る -羊神社-
戦国時代の戦死者? -簗瀬八幡平の首塚-
石川忠房の生祠 -安中・三社神社-
安中の総鎮守 -安中・熊野神社-
太山融斉と柏木義圓の墓 -西廣寺-
妖怪・チャンコロリンの墓 -大泉寺 その2-
小野栄重の墓 -南窓寺-
養蚕の神の白いヘビがいる? -咲前神社-
女の嫉妬物語 -八重が渕伝説-
井伊直政正室・唐梅院の墓 -大泉寺-
けっこうウキウキ -碓井峠鉄道文化むら-
佐々木盛綱祈願所? -普門寺-
伝佐々木盛綱夫妻の墓 -松岸寺 その2-
伝赤穂浪士・大野九郎兵衛の墓 -松岸寺-
安中市松井田町の龍本山松井田院不動寺
安中 大名小路 その2 -旧安中藩武家屋敷-
安中 大名小路 -旧安中藩郡奉行役宅-
ホームセンターの駐車場? -旧碓井社本社事務所-
皇女和宮のご泊所 -板鼻本陣跡-
和合の鐘 -龍昌寺-
江戸時代の名主屋敷 -五料の茶屋本陣-
招き猫のお寺 -海雲寺-
外から失礼 -安中教会-
今はなき碓井郡 -旧碓井郡役所-
ゴルフ観音 -全性寺-
乗車客が下から2番目 -安中榛名駅-
赤穂浪士の石像
磯部公園の歌詩碑
温泉マーク発祥の地 -磯部温泉-
安中ふるさと学習館

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安中市板鼻の釜渕山大乗院如来寺。

大乗院 (1)
大乗院の創建は不詳。慶長年間(1596~1615年)に堀口出羽守貞忠が中興したとされる。堀口貞忠については分からない。

大乗院 (2)
大乗院 (3)
境内は旧18号バイパスで南北に分断されている。南側には薬師堂がある。

大乗院 (4)
境内の聖観音。また新しそうなので、お寺として存続しているようだ。

大乗院 (5)
北側(高台)には歴代住職の墓地と並んで2基の石幢がある。いずれも六地蔵が施されている。どちらか確認出来なかったが、明暦2年(1656年)の銘があるという。

境内の南側はかつて断崖で、直下に碓氷川が流れていた。そこに釜が渕と呼ばれる深淵があったことから、山号が釜渕山となったとされる。

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安中市下秋間の榛名神社。

下秋間榛名神社 (1)
下秋間榛名神社 (2)
下秋間榛名神社は長禄2年(1458年)の勧請と伝わる。

下秋間榛名神社 (3)
社殿裏側にも鳥居がある。旧鳥居かな。

下秋間榛名神社 (4)
下秋間榛名神社 (5)
下秋間榛名神社 (6)
社殿は江戸後期の建立とされ、棟札に文化13年(1816年)の再建とある。外陣天井絵には安政7年(1860年)とある。

下秋間榛名神社 (7)
下秋間榛名神社 (8)
神楽殿があるが、相当新しい。現在も神楽が奉納されているのかな。

下秋間榛名神社 (9)
境内には大きな灯籠がある。

下秋間榛名神社 (10)
社殿裏の境内社・末社群。御嶽山以外は分からない。

秋の例祭には下秋間上組により黒駒流の獅子舞が奉納される。

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安中市下秋間の八幡宮。

下秋間八幡宮 (1)
下秋間八幡宮 (2)
下秋間八幡宮は康元元年(1256年)の創建と伝わる。

下秋間八幡宮 (3)
下秋間八幡宮 (4)
鳥居の先にはよく分からない建物。割拝殿か、神楽殿か。

下秋間八幡宮 (5)
ちょっと急な石段を上ると社殿。

下秋間八幡宮 (6)
下秋間八幡宮 (7)
拝殿は寛政3年(1791年)の再建。棟札が残されている。

下秋間八幡宮 (8)
拝殿には「太々御神楽」の扁額も掛かる。先の建物は神楽殿のようだ。

下秋間八幡宮 (9)
本殿は嘉永元年(1848年)の建立。本殿には彫刻が施されているとのことだが、それらしき物は見えない。写真は覆屋かもしれない。

下秋間八幡宮 (10)
秋の例祭では、下秋間中組による「ささら獅子舞」が奉納される。獅子舞の始まりは幕末といわれる。写真は獅子頭などの保管庫と思われる。

神楽については、現在も行われているかは分からない。

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高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

鳥居扁額は「毘沙門天王」 ー中里猿田彦神社ー
高崎市中里町・多聞山徳蔵寺
高崎市保渡田町・紫雲山西光寺
高崎市本郷町・榛名木戸神社
「顔切り薬師」伝説 ー永光山金剛寺ー
群馬五郎満行を祀る ー戸榛名神社ー
豊城入彦命の末裔・車持氏を祀る ー車持神社ー
高崎市箕郷町富岡・飯玉神社
高崎市箕郷町・道場山真福寺
高崎市井出町・意玉山大円寺
景行天皇の創建? ー井堤神社ー
長野業盛伝説 ー落合観音堂ー
高崎市箕郷町・慈眼山龍昌寺
高崎市箕郷町生原・厳島神社
高崎市箕郷町生原・原新田北野神社
閑院宮載仁親王殿下がご参拝 ー柏木沢八坂神社ー
高崎市箕郷町善地・駒寄神社
高崎市箕郷町善地・月波神社
高崎市箕郷町下芝・竜宮神社
高崎市箕郷町・下芝山万福寺
小林源太郎の社殿彫刻 ー生原北野神社ー
慈覚大師の開山 ー大獄山瀧澤寺ー
高崎市箕郷町・西うらの池と鴫上道祖神
高崎市箕郷町・白川陣屋跡
高崎市箕郷町松之沢・榛名若御子神社
高崎市箕郷町和田山・菅原神社
武田信玄のさかさ梅 -極楽院跡-
高崎市箕郷町和田山・熊野神社
高崎市箕郷町金敷平・大山祇神社
高崎市箕郷町東明屋・諏訪神社
高崎市箕郷町西明屋・東向八幡宮
堀部安兵衛築造の庭園? -妙福寺-
里見城の鬼門除け -城山稲荷神社-
高崎市吉井町・小野小町の休み石
高崎市吉井町多比良・西深沢の石造薬師如来坐像
高崎市吉井町・多比良古墳(諏訪前古墳)
新堀城主・多比良友定の創建 -多比良神社-
源義経・弁慶が参拝? -赤城若御子神社-
高崎市箕郷町・今宮八幡宮
高崎市箕郷町・向滝八幡宮
高崎市箕郷町・妙法山不動寺
義民・三木市右衛門の墓
高崎市吉井町・黒熊山延命寺
関東管領平井城の宝物城 -新堀城跡-
高崎市吉井町・瑠璃山普賢寺
義太夫界の大家・竹本百合太夫の墓
高崎市新町・藤木山龍光寺
高崎市新町・八坂神社
高崎市新町・笛木山専福寺
上野和田氏の館跡? -和田の館跡-
毘沙吐村(埼玉県)から遷座 -高崎市新町・諏訪神社-
義太夫節の太夫・竹本土佐太夫の墓
高崎市倉渕町・長井石器時代住居跡
高崎市上里見町・橋場の地蔵尊
長野業盛夫人・藤鶴姫の墓
祝・世界記憶遺産登録 上野三碑再訪
義民・堀越三右衛門、三木市右衛門を祀る -光心寺-
高崎市吉井町・馬庭の薬師堂
群馬県最古の笠塔婆 -安養寺跡の笠塔婆-
高崎市・本庄辻の地蔵尊
高崎市・西間野(猿落し)の磨崖碑
井伊直政の伯母・恵徳院の開基? -萬松寺-
高崎市箕郷町・松山寺
果売箱が狛犬代わり? -高崎下室田・大森神社-
高崎市中室田町・岩井堂
高崎市倉渕町・石上神社
高崎市倉渕町・榛名山座主の森
室田之滝不動 -高崎市室田・大福寺-
羊太夫を祀る その2 -多胡神社-
高崎市吉井町・恩行寺古墳
鎌倉時代の創建 -恩行寺-
長根氏の居城 -長根城址-
権田栗毛の観音像を祀る -岩窟観音-
大戸浦野氏の中興開基 -全透院-
高崎市吉井町・南高原1号古墳
高崎市吉井町・片山1号古墳
羊太夫が乗ってきた舟? -舟石-
高崎市・金古愛宕山古墳
高崎市吉井町・御穴塚古墳
羊太夫の龍馬伝説 -随雲寺-
高崎市吉井町・馬庭飯玉神社
吉井藩陣屋跡(春日社跡)
吉井藩主・菅沼定利の氏神 -吉井八幡宮-
福田赳夫元首相の銅像
高崎市吉井町・馬庭念流道場
利根川100景 -東谷渓谷-
高崎市吉井町・住吉神社
剣聖・塚原卜伝の勧請? -卜神諏訪神社-
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長野業正の長男・吉業の墓 -善龍寺 その2-
箕輪城水の手曲輪 -法峰寺-
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由良国繁の墓? -箕郷町・金龍寺-
吉井町・小暮の穴薬師
天久沢陣城跡の石造地蔵菩薩坐像
武田信玄の陣城跡 -天久沢観音堂-
榛名富士に登ったぞ! ロープウェイでだけど
榛名公園ビジターセンター
木部姫伝説の井戸 -長年寺 その2-
木部姫伝説 -御沼オカミ神社-
細川興秋の末裔・長岡家の供養施設 -弥勒寺-
日本三妙見 -妙見寺/妙見社-
木曽義仲の父・源義賢の館跡 -多胡館跡-
火打金鍛冶職人・中野孫三郎の墓
高崎市新町・神流川合戦の供養塔
土師清大夫の墓 -浄泉寺-
元禄と享保の石鳥居が保存されている -高崎市新町・諏訪神社-
小林一茶も寄進 -新町宿見透し灯籠-
遊女奉納の絵馬 -高崎市新町・八幡宮-
大和郡山藩柳沢家2代・柳沢信鴻の継室の墓 -宝勝寺 その2-
小判供養塔 -宝勝寺-
高崎市新町・明治天皇行在所
遊女・於菊物語 -於菊稲荷神社-
福田赳夫元首相の墓 -徳昌寺-
高崎市榛名歴史民俗資料館
情緒のある佇まい -延命密院-
小串氏の墓所と南北朝時代の石仏 -地勝寺-
奥平氏発祥の地 -奥平神社-
多胡郡の総鎮守 -辛科神社-
吉井藩代官・橳島家3代の墓 -法林寺-
菅沼定利の墓 -玄太寺-
県内屈指の大伽藍 -仁叟寺-
義民・白田六右衛門の顕彰碑 -龍源寺-
吉井・多胡薬師塚古墳
里見城址に行ってきた?? -里見城址-
里見氏ゆかりの神社 -郷見神社-
里見義俊の菩提寺 -光明寺-
伝・権田栗毛 終焉の地
小栗上野介忠順 終焉の地  
井伊直政の開基 -龍門寺-
ちょっと荒れ過ぎ・・・ -石上寺-
石棺が剥き出しで保存されてます -保渡田薬師塚古墳-
立派な前方後円墳なんだけど・・・ -保渡田八幡塚古墳-
白岩観音 -長谷寺-
内藤塚 -善龍寺-
伝・長野業盛の墓
長野業正の墓 -長純寺-
長野氏累代の墓 -長年寺-
堀部安兵衛の設計・築造の庭園 -旧下田邸書院&庭園-
吉井藩陣屋の表門
吉井藩の歴史を勉強しました -吉井郷土資料館-
合併記念の碑だった -入野碑-
埋もれた名城 -箕輪城-
見晴らしはいいけど・・・ -吉井・牛伏山-
戦国時代に想いをはせる -神流川の合戦-
あれっ? 何でこんなに混んでるの? -榛名神社-
アララギ派って? -土屋文明記念文学館-
あたり一面草ぼうぼう -上野国分寺跡-
小栗上野介の墓 -東善寺-

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高崎市棟高町の旧勧学院観音寺。

旧観音寺 (1)
当所は平安時代末に創建されたといわれる勧学院観音寺跡。地名にもなっているので、相当な規模の寺院だったと思われる。観音寺は明治10年(1877年)廃寺になっている。現在は馬頭観音を祀る観音堂と大師堂が残る。

写真の観音堂は嘉永6年(1853年)に修復された記録が残っている。軸組構法を用い、躯体にはほとんど釘を使っていない。彫刻も施されているが、防護ネットが巡らされており上手く写真が撮れなかった。

旧観音寺 (2)
旧観音寺 (3)
旧観音寺 (4)
大師堂は万延元年(1860年)に観音寺別当であった浄広の発願により建立。
堂内には奉納された24体の弘法大師像が安置されている。

旧観音寺 (5)
旧観音寺 (6)
大般若経や高崎市の重文になっている板碑を納める経堂。大般若教は大師堂、板碑は観音堂に納められていたが、保護のため経堂を建立し移されている。

旧観音寺 (7)
境内の観音像。地元の方(?)がダイヤモンド婚を記念して平成13年(2001年)に建立・奉納。ちなみに、ダイヤモンド婚とは結婚60周年のこと。これはすごいね。

旧観音寺 (8)
お地蔵さんと百番供養塔。

旧観音寺 (9)
樹齢700~800年とされるご神木の大杉。高さ23m、幹周り3.6m。観音寺創建当時に植えられたと推定される。昭和の初め頃までは大杉が林立していたというが、現在はこの1本を残すのみである。

お堂内の馬頭観音は古来から競馬観音として有名で、常設の競馬場があったという。毎年1月17日の定日には関東地方はもちろん、信越地方からも出馬があった。また、馬場の傍らには種付け所や馬市場もあり、多くの人々が集まったといわれる。

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高崎市中里町の猿田彦神社。
前回の徳蔵寺のすぐ隣にある。(「高崎市中里町・多聞山徳蔵寺」参照)

猿田彦神社 (1)
猿田彦神社 (2)
中里猿田彦神社は、元々徳蔵寺の境内にあり毘沙門天を祀っていた。明治初年の神仏分離の際、毘沙門天は徳蔵寺本堂内に残し、堂宇は境外に移し新たに猿田彦神を祭祀したという。

鳥居は安永4年(1755年)の建立。扁額は「毘沙門天王」。

猿田彦神社 (3)
猿田彦神社 (4)
猿田彦神社 (5)
社殿は平成16年(2004年)に補修されている。

猿田彦神社ではあるが、地元の人たちは今も「毘沙門さま」と呼んでいる。

前回の徳蔵寺でも書いたが、当地は旧上郊村大字中里字毘沙門と言う。徳蔵寺の山号・多聞山や毘沙門天を祀っていることから地名になったのか、それとも当地が元々毘沙門天に縁があり、それが地名になり山号や毘沙門天を祀るようになったのかは不明。

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高崎市中里町の多聞山徳蔵寺。

徳蔵寺 (1)
徳蔵寺は永禄年間(1558~70年)清俊法印の開基、清吽重清の開山。

徳蔵寺 (2)
徳蔵寺 (3)
参道には毘沙門天(多聞天)像や梵字を刻んだオブジェが並んでいる。みな新しいので、最近の造立と思われる。

徳蔵寺 (4)
徳蔵寺 (5)
徳蔵寺 (6)
本堂は文政年間(1818~31年)に焼失、天保10年(1839年)の再建。これが現在の本堂かは不明。本尊は不動明王だが、毘沙門天も安置されている。毘沙門天は元々境内に祀られていたが、明治初年に本堂内へ移されている。

徳蔵寺 (7)
境内に2体のライオン(獅子)象。狛犬のイメージなのかな。

徳蔵寺 (8)
徳蔵寺 (9)
鹿と鶴もいる。

徳蔵寺 (10)
弘法大師像。昭和58年(1983年)の造立。

徳蔵寺 (11)
徳蔵寺 (12)
境内の薬師堂。薬師如来が鎮座するが、由緒などは不明。

徳蔵寺 (13)
本堂横に不完全な宝篋印塔が2基あった。

当地は旧上郊村大字中里字毘沙門と言う。徳蔵寺の山号・多聞山や毘沙門天を祀っていることから地名になったのか、それとも当地が元々毘沙門天に縁があり、それが地名になり山号や毘沙門天を祀るようになったのかは不明。

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高崎市保渡田町の紫雲山西光寺。
西光寺は以前、保渡田薬師塚古墳を紹介した際にちょっと触れただけで、お寺自体の記事になっていなかったので改めて紹介する。
(「石棺が剥き出しで保存されてます -保渡田薬師塚古墳-」参照)

西光寺 (1)
西光寺は応永2年(1395年)随泉和尚の開山と伝わる。古くは字阿弥陀にあったが、荒廃したため元亀2年(1571年)誓願上人が中興し字元屋敷に移転している。その後、火災で焼失、現在地へ再移転している。

西光寺 (2)
参道の六地蔵は平成3年(1991年)の奉納。

西光寺 (3)
西光寺 (4)
本堂は文化5年(1808年)に焼失、弘化2年(1847年)の再建。

西光寺 (5)
本堂屋根の葺替え前の瓦(だと思う)。

西光寺 (6)
「護り龍不動明王」とあった。平成18年(2006年)の奉納。

西光寺 (7)
「上野里やすらかかんのん」。平成16年(2004年)の造立。由緒などは分からない。

西光寺 (8)
宝塔は文政12年(1829年)の造立。

西光寺 (9)
西光寺 (10)
天和3年(1683年)に薬師塚古墳から舟形石棺や副葬品が発掘される。銅鏡、各種玉類、馬具類などの副葬品は石棺の中にあったとの伝承がある。これらとともに薬師像もあったという。そのため後円部墳上に薬師堂を建立し安置したいわれる。

西光寺 (11)
西光寺 (12)
薬師堂内部には厨子があり、薬師像はその中に納められている。薬師像は石棺内にあったといわれているが、薬師塚古墳は5世紀末~6世紀初頭の築造とされており、仏教は伝来していない時代。石棺内にあったとしても後の世のもの。ただ、この薬師像が薬師塚古墳の名の由来である。

西光寺 (13)
薬師塚古墳の舟形石棺。

前回は書かなかったが、薬師塚古墳は車持氏の墳墓との説があるらしい。車持氏は崇神天皇の皇子・豊城入彦命を始祖とする上毛野氏の一族で、豊城入彦命8世孫・射狭君を始祖とする。

車持氏が統治していたので車郷(くるまのさと)や車評(くるまのこおり)と呼ばれるようになり、後の群馬県名の元になったともいわれる。

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高崎市本郷町の榛名木戸神社。

榛名木戸神社 (1)
榛名木戸神社の創建は不詳。上野国神名帳記載の榛名木戸神社とされる古社である。

榛名木戸神社 (2)
杉の大木が境内を囲む。

榛名木戸神社 (3)
二ノ鳥居は昭和45年(1970年)の建立。

榛名木戸神社 (4)
榛名木戸神社 (5)
社殿は明治29年(1896年)の建立。外装が綺麗なので、近年改修されているようだ。

榛名木戸神社 (7)
榛名木戸神社 (8)
覆屋内の本殿は切妻・神明造りで、江戸後期の寛政年間(1789~1801年)の建造と推定される。施されている彫刻は素晴らしい。

榛名木戸神社 (9)
境内社の天満宮。

榛名木戸神社 (10)
社殿脇に庚申塔類が並んでいる。庚申塔には寛政8年(1796年)、二十二夜塔には安永(1772~81年)の銘が読み取れた。本殿が建造された時期と重なるので、このころ神社としてきちんと整備されたのかな。

社殿内に山車の一部分が残されており、過去には山車が存在していたと考えられるが、伝承は残ってないという。ただ社殿内を覗いてみたが、気付かなかった。

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上州まったり紀行の中から「石仏・宝塔・板碑・塔婆」などに関するものをリスト化したもの。板碑・宝塔(宝篋印塔)・塔婆などは、元々お墓や供養塔の意味合いも強いが、「お墓・供養塔」に分類したものは除く。なお、分類はいい加減。


前橋市(旧郡部を除く)

稲荷新田の薬師さま
亀里町・阿内宿の石幢
正法寺の六地蔵石幢
笠薬師塔婆(丁間稲荷神社)
石造阿弥陀如来三尊像(後閑円満寺)
阿弥陀三尊仏(浄土院)
公田の岩舟地蔵
小島田の阿弥陀如来坐像
小島田の供養碑
江木の宝塔
旧普蔵寺供養塔(最善寺)
富田の宝塔
笠欠け三猿塔(熊野神社)
鳥羽の大日如来および笠塔婆
大福寺の宝塔
阿弥陀三尊画像板碑と宝塔(乗明院)
善光寺の石幢
龍興寺の多宝塔


前橋市(旧大胡町、旧宮城村、旧粕川村、旧富士見村)

粕川町・石造馬頭観音立像と笠かぶり地蔵尊
横沢の石塔婆
大前田町・世良田薬師の石造阿弥陀如来坐像
あ・うん石仏と馬頭観音(馬場稲荷神社)
石造薬師如来坐像と宝塔(東昌寺)
大前田の地蔵菩薩石像
龍性寺の石幢
月田の石造仏群
石像六地蔵塔と宝塔(月田近戸神社)
金剛寺の六地蔵石幢
六地蔵石幢と種子十三仏塔(赤城寺)


伊勢崎市、佐波郡(玉村町)

間野谷の石造層塔
新宿の変型板碑
岡屋敷の阿弥陀三尊石仏
大聖寺墓地の宝篋印塔
頼光塚
上植木の建長石仏
上西根の五輪塔
常清寺の変形板碑
上蓮の阿弥陀・地蔵石仏
五輪塔と宝篋印塔(宝存寺)
正観寺・義経馬殿塔
浅間山大噴火の供養地蔵(夜泣き地蔵)
玉村町・文安銘の五輪塔
花台寺・五智如来石仏
泉龍寺・延命地蔵と薬師如来石像
観照寺の板碑
徳蔵寺の宝塔
宮子の笠塔婆
西光寺の馬頭観音
長安寺・宝篋印塔
下植木赤城神社の石造美術群
大国神社の石幢
同聚院・文明の石幢
天増寺の宝塔
権現山の宝塔


渋川市、北群馬郡(吉岡町、榛東村)

長尾憲景の護持仏・閻魔大王像(玄棟院)
大日如来坐像(神宮寺)
応永15年の宝篋印塔
永享の五輪塔(千音寺跡)
下郷の子育地蔵
東円山観音堂の石造物群
御堀地蔵堂の板碑
宮昌寺・穴薬師
渋川金井宿の滝不動
真光寺の聖徳太子塔


高崎市(旧郡部を除く)

町屋の宝塔 & 楽間の宝塔
明徳元年銘の宝篋印塔(西福寺跡)
円福寺の宝篋印塔
山ノ上地蔵尊
高崎市山名町・来迎阿弥陀画像板碑
妙典寺の板碑と五輪塔
玄頂寺の五輪塔
光台寺の線刻地蔵菩薩立像石仏
安楽寺の異形板碑
洞窟観音
養報寺の石仏群
永泉寺の幽霊石


高崎市(旧群馬町、旧箕郷町、旧榛名町、旧吉井町、旧新町、旧倉渕村)

福島金剛寺の顔切り薬師
真福寺の板碑
万福寺の五輪塔
東向八幡宮の石幢
西深沢の石造薬師如来坐像
多比良神社の板碑
吉井町・黒熊山延命寺の宝篋印塔・五輪塔
橋場の地蔵尊
馬庭の薬師如来坐像
安養寺跡の笠塔婆
本庄辻の地蔵尊
岩井堂の石幢
全透院の閻魔大王と奪衣婆
折茂観蔵院の板碑
小暮の穴薬師
天久沢陣城跡の石造地蔵菩薩坐像
地勝寺の薬師如来坐像と一石阿弥陀三尊像
玄太寺の阿弥陀三尊坐像
多胡碑


安中市

五料の地蔵さん(夜泣き地蔵)
聖不動威怒明王像
観音三尊碑
八城の八塔石紅地蔵
自性寺の宝篋印塔
不動寺の石塔婆
全性寺の悟留譜(ゴルフ)観音


富岡市、甘楽郡(甘楽町、下仁田町、南牧村)

田篠の石造如来三尊坐像
女神像碑と十一面観音菩薩碑
圓通閣の地蔵菩薩坐像
清泉寺の宝篋印塔
富岡市・仁治の碑
甘楽町・仁治の板碑
甘楽町・建長の板碑
城町下薬師堂の石仏
今宮寺の阿弥陀三尊石仏
宝勝寺の地蔵菩薩と薬師如来
永隣寺の奪衣婆像
額部神社・石造地蔵菩薩像
西方寺・元応の板碑・貞治の板碑
金剛院の名号塔
星田虚空蔵堂の名号塔
天引の笠塔婆 その2
下仁田町安楽地の板碑
天引の笠塔婆と板碑
天引中宿の薬師如来像
小野の塩薬師
長厳寺の磨崖仏
宝泉寺の薬師如来石像


藤岡市、多野郡(神流町、上野村)

実大山養浩院の地蔵菩薩像
藤岡市三波川・子育日切地蔵尊
保美濃山抜鉾神社の板碑
龍田寺の宝篋印塔
藤岡市篠塚・道標付笠石四角塔
福持寺の板碑
藤岡市譲原・文明の板碑
神流町・阿弥陀三尊画像板碑
保美の子育て地蔵尊
応永の板碑
医光寺の板碑
平井七地蔵尊
神流町・閻魔大王像と奪衣婆像
葵八幡宮の板碑


太田市(旧郡部を除く)

富若の名号角塔婆
大円寺の徳本行者名号
矢田堀勘兵衛屋敷の名号角塔婆
永福寺の名号角塔婆
成願寺の石造地蔵菩薩像
教王寺の五輪塔群


太田市(旧新田町、旧尾島町、旧藪塚本町)

新井家の五輪塔
中江田の辻地蔵尊
旧来迎寺の宝篋印塔
旧常楽寺の石塔群
西野の層塔
西福寺・赤子地蔵
木崎宿の色地蔵
清泉寺の宝篋印塔
二体地蔵塚


桐生市

栖松寺の石幢
後閑の五輪塔
久昌寺・金八地蔵
光明寺・「宝珠型仏塔」の弁財天
東禅寺の角塔「建武の碑」
千手寺の石幢
龍真寺の鶏亀地蔵
関の磨崖仏
瀧興寺の虚空蔵菩薩石像
観音寺の石幢
山上多重塔


みどり市

来迎阿弥陀三尊笠塔婆
中島の薬師如来
南光寺の五輪塔群
大間々・浅原の百観音
大間々の角地蔵
穴原薬師堂の馬鳴菩薩像
岩穴観音・地蔵菩薩坐像と阿弥陀如来坐像
浅原馬場の大日如来像


館林市、邑楽郡(大泉町、板倉町、邑楽町、千代田町、明和町)

安勝寺・光明真言金亀宝篋印塔
十王十仏板碑(淨蓮院)
建武の板碑(大林寺)
千代田町・弘安の板碑
日向義民地蔵
五宝寺・不動まんだら板碑
愛宕神社・青色地蔵板碑
東光寺の馬頭観音
舞木円満寺・元応の板碑


沼田市、利根郡(みなかみ町、片品村、川場村、昭和村)

禅定院の宝篋印塔
岩室神社の石造五重塔


吾妻郡(中之条町、長野原町、草津町、嬬恋村、東吾妻町、高山村)

岩井の背高地蔵
柏原の宝篋印塔
北向三十三番観世音
浅間山大噴火の供養石地蔵(雲林寺)
泉龍寺の閻魔大王像
宗本寺の宝篋印塔
仙人窟の石仏
国定忠治地蔵

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